白杖で12kmウォークしてみた

「目をつむっても走れるくらいの道」を実践してみた。
まだ目が見えていた頃にわずかな視力を頼りに毎日のように走った河川敷の遊歩道なんですけど。
仕事休みのこの日、自宅から群○の森までを往復する約12kmを一人で歩き抜いた。
ビブスにランパン姿で白杖を携えてひたすら歩いた。
国道沿いや住宅街の路地を抜けて河川敷の遊歩道に辿り着くまでに路を何度か間違えてしまった。
遊歩道に出ると雨上がりの風が心地よく感じた。
道ばたに茂った草や虫たちの声も心なしか気持ちよさそうに感じる雨上がりだ。
延々と続く遊歩道には車止めがあったり枝分かれの路がいくつかある。
白杖と昔の感だけが頼りである。
犬のウ○コを踏んだかも知れんけど、そんなことはおかまいなし。
沿道には野球場やサッカー場があるけど平日はひっそりしてる。
テーラーの音に田園地帯が広がる風景が蘇る。
○川に架かる橋を渡ると1番の難所である。
歩道のない県道の端からはみ出さないように白杖を操る。
そんな苦況を脱出すると群○の森に到着。
片道約6kmの道のりが二時間かかりました。
復路も何度か路を間違いそうになったけれど復路も二時間かけて無事に自宅に到着。
平日は伴走者の確保が難しいこと。
時分の自信を取り戻すこと。
白杖歩行の向上。
時分のトレーニングのつもりで実施してみた。
今回で二度目の達成だけど脚より腕が疲れましたよ。
ちゃれんじぃの挑戦は続く。
ここまで読んでくれてありがとう。

終わり

近況報告

ここ3ヶ月の間に本当に色んな出来事がありました。
精神的に追いつめられてブログを更新する気になりませんでした。
ようやくいくつかのことを受け止められるようになったので心境を書いてみます。
まず通勤途中の交差点戦争は未だ続いてます。
重機の音が響けば機材も置いてあります。
その交差点の一角にコンビニが新装開店しました。
そのため車の流れも周囲に反響する音が一変しました。
交差点の信号機の変化に加えてコンビニに出入りする車の音を聞き分けなければならなくなりました。
これもまた慣れるしかありませんね。
職場ではこんなことがありました。
勤務先の介護施設に関連の施設がオープンしました。
そのため慣れ親しんだ利用者さんの大半が新しい施設に移りました。
これまでお世話させてもらった利用者さんとの別れは寂しいです。
コンビニは地域の人たちが便利になったのだし、利用者さんも綺麗な施設で快適に過ごせるのだからと自分に言い聞かせています。
交差点を渡るのは本当に怖いです。でも逃げていたのでは何も解決しません。
ときどき親切な人に声を掛けてもらうこともあります。
そんな善意に勇気をいただき頑張ることができます。
職場の環境も一からやり直すと割り切ることにしました。
目の前の利用者さんに誠心誠意お世話させてもらいます。
帰宅するとくたくたで三味線も弾く気持ちになれません。
ルームランナーで汗を流す気持ちもおきません。
この体、本当にポンコツになってしまいました。

視覚障害者あるある 再掲PART3

・銀行とかコンビニのATMのタッチパネルはちょっと苦手、というか無理。指で触ってもツルツルのただのパネルにしかすぎないのでお手上げ。
・視力検査、「これどっちが切れてますか?」、Cのパネルを持った検査の人が だんだん近づいてきて、最後には目の前で指を動かされる。
・ファーストフードの上にあるメニューは見えない。駅の時刻表も見えません
・駅の自動改札は、Suica専用と切符を通せる機械どちらなのかわかりにくいので直前であたふた。
・ラッシュ時の駅構内、白杖を人の足に引っかけないように、白杖を鉛筆のように持って歩く(杖を立てるようにして突く)。
・点字ブロックの上に置かれた荷物につまずき、立っている人にぶつかり歩く駅ホーム、お願いだから点字ブロックをふさがないで。
・・全盲の人同士、者を手渡し受け取ろうと差し出したお互いの手が、何度か互い違いになるときあるけど、ちゃんと受け渡しできるから不思議。
・喫煙する人同士、一つの灰皿を一緒に使っていて煙草の先をお互いの手にぶつけ合って、あっちっち。
・宴会とかでお酒のお酌をして回るのは苦手、つがれるのもちょっと苦手かな、ジョッキグラスを抱えてどや顔。
・お酒も回り饒舌になって、隣の席のお姉さんに熱弁をふるう、ちゃれんじぃさん、返事がないので可笑しいなと思ったらお姉さんが席を外していなくて、座布団に人生を語っていたことに気づいて意気消沈。
・手持ちぶさくて、料理に箸をつけていたらお刺身のワサビの固まりを口にして悶絶!
・宴会がお開きになって部屋の出口で誰かとぶつかって謝ったら友人で、「あれ貴方も来ていたんだ」みたいな会話になって爆笑。
・店内で親切にしてくれた店員さんの声とか雰囲気が素敵でドキドキ!これって・・・一目惚れ?
こんなことがあっても僕らは今日も明るく生きている。

視覚障害者あるある 再掲PART2

日常にありがちな視覚障害者あるある」をさくっと書いてみたいと思う。
・居間のテレビで野球観賞、アナウンサーと解説者が試合の流れと別段違う話をしている間に攻撃が終わってスリーアウトチェンジ・・・状況がわからず意気消沈。
・一緒に野球中継を観ていた息子が、うぉぉぉと絶叫!点が入ったのかと思ったら自分で飲んでいたジュースこぼしただけだった・・・紛らわしい。
・目の見えんもん同士の昼どきランチ、入った食堂で鉄火丼を注文、置かれたそれを面倒見がいい弱視のつれがあれこれみてくれたが食べたらソースが掛かっていて意気消沈・・・みんなショボン。
・いいよいいよ私の食べてと自分のと交換するつれ・・・弱視も大変である。
・ランチのお店選び、店頭のガラス越のサンプルに顔を近づけすぎてガラスに顔面強打・・・恥ずかしさと痛さで意気消沈。
・百貨店で洋服選び、値札の文字が小さすぎてサイズと値段が見えにくくて困惑・・・ルーペを使いたいがちょいと恥ずかしい。
・ラッシュ時の駅階段、間違えて人の流れに逆らうように階段を進んでしまい困惑・・・だけど仕方ないと、ドヤ顔。
・ホームの点字ブロックに沿って階段を探す、今日は人が少なく歩きやすいと思い歩いていたらホームの端に到達してしまい意気消沈・・・毎日が命がけである。
・みんなでカラオケ、画面の文字は見えないので誰かに横で読んでもらって歌う、歌い手と読み手の息のあった熱唱は実に素晴らしい!
・若い女性に間近で歌詞を読んでもらうちゃれんじぃさん、歌より女性の近さにドキドキして歌は上の空(笑)
・消灯すぎ、点字本を抱えてお布団の中で読書、お腹の上にちょこんと乗せてモソモソ。うごめく掛け布団を観て隣のお布団で寝ていた相方が・・・ちょ、アンタなにしてんの!と勘違い
・気がつくと点字本を抱えたまま寝入ってしまい目覚めると朝だった。
今日も僕らはこうして明るく生きている。

白い杖は少し見える弱視の人も使用します

僕は半生を片目で過ごしてきた。
見えているときは弱視ゆえの苦悩もあったけどわずかな視力でも見えてたからこその恩恵があった。
私生活にはさほど不自由はなかった。
一人で走ることもできたし、買い物へ行って洋服なんかも自分の目で選ぶこともできた。
友人の手引きもしたし、一時は家族の目にもなった。
失明した今、思うことは未練はないし、幸せな半生だったなと思う。
今、SNSで弱視者ゆえの苦悩や誤解、当事者からの思いが日々投稿されている。
弱視といってもその見え方は様々である。
視野が極端に狭かったり中心部が見えない人もいる。
周囲の人があの人はどれくらい見えているのだろう?
どこまで手を貸したらいいのだろうと思われているのが弱視である。
弱視当事者は、視力はあるけれどそれぞれ不自由を感じている。
先々の不安もあるだろうし、その悩みは本人でないとわからないと思う。
人生半ばで白い杖を持ったり見えているのに杖を持たなければならないことは理不尽に感じている人もいるだろう。
勇気を出して白い杖を持って外出したら心ない人に、あの人見えているのに白い杖持ってるよと指摘されたらへこむよね。
僕が見えてた頃、「偽物」と公衆の面前で罵倒されたことがあったよ。
でもそれだけ白い杖のこと弱視のことが認知されていないってことなんだよな。
知らないことは仕方ないけど「偽物」とはよくいえたものだ。
このブログでは、白い杖は少し見える弱視も使用することを推奨しています。
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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