花粉症

長い冬が終わって日に日に春の足音が大きくなってきた。
重いコートを脱いで外出してみたけど、途端にくしゃみと鼻水。
わぁ 今年も花粉の季節がやってきた。
目なんか見えないのに、こんな時だけ人並みに目もかゆくなる。
目をこすったところで見えるようになるわけでもなく、かゆみが増すだけだ。
まったくもって不合理である。
普段からサングラスを掛けている僕。
マスクをして出かけてみた。
そんな僕を見かけた有人が僕に近寄ってきて、こう言った。
お前、ギャングみたいやで。
ナニナニ?サングラスにマスクをしているからとな。
ふむふむ、なるほど。
白い杖は、木刀に見えるって!そこまで言うかい。
それにしても目がかゆい。
目の玉を取って洗いたい位だって、僕が言ったら。
お前、義眼なんだから洗えるやんって、有人が言う。
そっその手があったかって!いい加減にしなさいwww

昭和生まれの視覚障害者あるある

・眼科の診察では、お医者さんが目を洗ってくれた。
・拡大読書機の画面はブラウン管だった。
・点字板の板の部分は木製だった。
・音響信号機は、通りゃんせのメロディが流れていた。
・点字ブロックは、駅や盲学校周辺の交叉点に申し訳ない程度に敷設されてた。
・公共施設の待合室や廊下には灰皿が置かれていてぶつかってよく倒した。
・駅の改札口の目印は、駅員さんが切符を鋏で切る音だった。カチカチの音が懐かしい。
・ホームの点字ブロックは、いつ敷設されたんだかわからない、幅の狭い凹凸がすり減った物があたりまえに放置されてた。
・将来ーホームドアが設置されるとは夢にも描かなかった。
・給食で出される牛乳瓶にミルメイクの粉を入れるのは苦手だった。
・め○ら。差別用語が普通に使われてた。
。点字図書館やマラソン協会からの会報は、音読のカセットテープが届いた。
・白杖の長さをスライドさせて調節するアンテナ式の杖があった。
・ダイヤル式の電話は微妙に回しづらく、もたもたしているとすぐに、ツーツーの音になってしまった。
・プッシュフォンの5のボタンのぼっちは画期的だった。
・テレフォンカードが重宝した。
・テレフォンカードの裏表がわかるようにカードの側面にくぼんだ印があった。
・飲食店や商店で、全盲が1人で行くと入店拒否する店があった。
・歯磨き粉のチューブの蓋は小さく、洗面台の穴に落とすと取るのに難儀した。
・道ばたの赤丸ポストを人と間違えて、ぶつかって謝った。
・弱視の人、ケンタッキーの人形に時間を尋ねて赤面した。
。いらっしゃいませ、公共施設の自働アナウンスに反応して、こんにちはぁ!とあいさつしてしまった。・公衆電話を探していると壁に向かって通話している人がいて、その火との背後に並んでみた。そしたらその人が通話しながら歩き出して初めて、けいたいでんわというものを知った。

この目に感謝

見えていた頃の日々に感謝してみる。見えていた頃はその見えることのありがたさに気づかなかった。
生まれつき目の不自由な人の気持ちもわからなかったし、中途で失明した人の苦しみすらわからなかった。
そうしたことすら気付かずに生活させてくれた半生に感謝だ。
僕は山間の町で生まれた。
ウサギ追いしか野山 小鮒釣りしかの川、そのままなふるさとである。
野山の緑、透き通った川や湖の美しさはこの目に忘れない。
生んでくれた両親の顔も知っている。感謝だ。
チャンバラ遊びもした。自転車で走り回ったりもした。
木造校舎の小学校に通うこともできた。感謝だ。
姉の似顔絵を描いて先生にほめられたっけ。
お祭の太鼓も叩いたし、夜空に打ち上がる花火も見せてもらった。感謝だ。
エロ本も死ぬほど見たし、ドリフの全員集合は毎週テレビにかじりついた。官舎だ。
盲学校の高等部では弱視の僕はヒーローだったし、女学生だった女房の顔も知っている。
デートでは2人分の目にもなれた。感謝だ。
結婚式では、女房の花嫁姿を見せてもらった。キャンドルの火もつけたっけ。
子ども達が成長していく様子も見せてもらうことが出来た。写真も数えきれないくらい写した。感謝だ。
ランニングも好きなときに好きだけ走りに行けた。感謝だ。
伴走をして仲間の目にもなれたし、その目はよく働いた。感謝で有る。
今は、何も見えなくなったけれど光を感じないこの目が好きだ。だって沢山のものを見せてくれた恩人だもの。
目が見えなくなっただけで、こうして命あるありがたさも教えてくれている。感謝で有る。
お母さん、こんな僕を生んでくれてありがとう。あなたに感謝しています。

何気ない優しさ

全盲の僕がふとしたことでうれしかったこと。
目の見えない僕らは大勢の人が集まる場所では、知り合いの貴方をこちらから見つけて、先に挨拶することは困難なものなんです。
それでも大勢の中から沢山の話し声を聞き分けて知り合いの貴方を探してみます。
あっ!いた。この人だと確信して知り合いの貴方に僕は挨拶をする。
○○さーん、こんにちはぁ。
返事が返ってこなかったときは切ない気持ちになります。
目の見えない僕らは貴方と目が合ったタイミングで挨拶はできません。
声を聞き分け、気配であいさつします。
だから気付いてもらえないのもわかります。
大勢の人が集まる場所では目の見えんもんはそんな心もちでいるんです。
だから挨拶が返ってきたときは嬉しいです。
もっと嬉しいことは、知り合いの貴方から先に挨拶をしていただいたときは本当に嬉しい物なんです。
ちゃれんじぃさーん、おはよう。○○ですなんて声をかけられたらそれだけで、この集まりに参加してよかったって気持ちになります。
僕を見つけるといつも先に必ず声をかけてくれる人がいます。
用事で離れるときも「ちょっと離れます」と声をかけてから僕から離れます。
「戻りました」の声掛けも嬉しいです。
目の見えんもんが大勢の中でぽつんと一人でいるのは不安な物なんです。
だから声を掛けてもらえたときは嬉しいし、安心します。
貴方の職場やサークルに目野不自由な人がいたら、そんな気遣いと優しさをお願いします。
親しき中にも礼儀あり。挨拶って大事ですよね。

股間のもっこり

ショックなことがあった。
昨日参加したランニング大会でのことだ。
この日は、とても冷え込みが厳しく、僕にしては珍しくロングタイツを着用し走ることにしたんです。
出走の身支度を終えて股間のもっこ利を気にしつつモジモジしていると走友に声をかけられた。
「君はタイツの上にショートパンツを履かないのか?」、走友が言った。
僕は、最初何のことかわからなかった。
よくよく話を聞いてみると最近はほとんどのランナーがタイツの上にショートパンツやらランスかを履くんだとか。
時代の流れいうか、僕は、このことを知らなかったんです。
数年前、僕にまだ視力があった頃は、誰もそんな格好して走る奴はめったにいなかったのに。
むしろタイツの上にショートパンツを履くことはダサいと言われてた。
このことを信じがたかった僕は、一緒に来ていた仲間達の身支度を一人一人触らせてもらった。
そしたら全員がタイツの上にショートパンツを履いてた。
人並み以上に着こなしにこだわってきた僕は、言うまでもなく意気消沈した。
そのせいかレース中走っているときもそのことが気になって仕方なかった。
股間のモッコリは、皆でやるから恥ずかしくなかったし。
タイツだけで走っていた僕は、流行にちょいと乗り遅れた自分が恥ずかしかった。
速くゴールしたくて無我夢中で走ったことは、ここだけの話である。
おかげさまで好記録でゴールすることができたけど。
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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