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声掛けの難しさをしみじみと痛感

駅や町で困っていそうな障害者に手助けの声を掛けたところ、断られたという健常者がけっこう多いことに驚いている。中には迷惑だと言わんばかりな態度をとられたという人もいて、もう声を掛けることはやめようと思ったという人もいた。←SNSからの聞き取り。まぁ、よくいえば見た目ほど困ってはいなかったということと、障害者とていつも手助けを必要としているわけでもないからねー。通常、基本的に見守り、危険だなと感じたときだけ声掛けでいいと思いますね。。職場やサークルなどで、障害者と接している健常者は、駅や町で障害者を見かけただけでは声は掛けずに、「見守る」ことだけで、危険だと感じたときにだけ声を掛けているそうですが、また、白杖の人や車椅子の人などと普段接触のない健常者の中には、白杖の人が歩いているのを見かけただけで、手助けの声を掛けていたという人もけっこういました。そうしたことを「煩わしい」と感じる障害者もおるようだけれど、声を掛けて下さる人にしてみたら、心配だし、危ないなと感じたから声を掛けてくれたわけで、まったくの善意である。しかし、障害者にしてみたら周囲に足元に気を集中させて真剣に歩いているときに、「なんじゃい!」とイラついてしまうんだと思う。そうしたことが、「せっかく声を掛けたのに」、そんな気持ちにさせてしまうのだろうね。
こうしたケースは、どうだろう?白杖の僕らが道に迷ってしまい、通りがかりの人、道行く人々に「すいません手を貸してもらえませんか」と、手助けの声を上げたところ、足を止めてくれる人は驚くくらい少ないです。これは、僕のケースのいくつかだけれど、人々が大勢行き交う朝夕の駅構内や交差点で迷ってしまい、手助けの声を上げたところ足を止めてくれた人は、2分くらいお願いし、やっと一人が足を止めてくれるのがいいところです。そんなとき僕は、「世間は冷たいな」と感じたこともあったけれど、最近は足を止めて下さった、その人の善意に勇気に全力で感謝するその気持ちだけです。
古くさい話だけれど、昭和の時代は、どこにでもお節介な人がいて、手助けしてくれたし、悪いときにはしかりつけてくれた大人買い他。また、そうしたお節介に、説教を素直に聞ける人が大勢いた。次回は、そんな話を書いてみたいと思う。
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プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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