白杖の音→弱視→光覚→全盲←今ココ

SNSでみんな言いたいことを言う。それはそういうところなんだからいいんだけれど、僕のようなまったくの全盲の立場からの発言は、視覚障害者の中でも極端に少ないようだ。僕は先天性の弱視で半生を送ってきた。だから自転車にも乗ったし、青空の青色も星空の美しさも知っている。一番視力があった頃は、0.6あった。幼い頃に片目の視力を失ってからは、片目での生活となった。特別な不自由はなかったけれど弱視ゆえの苦悩はあった。同時にそのときの僕には、全盲の人の気持ちがよくわかってなかった。今四年前に失明してから少し見えているのと見えていないのでは白杖を使うときの感覚が違うということだ。光を感じられる光覚(こうかく)だけでも白杖で歩くときの情報になるし、光を感じるのと感じないのではまったく違う。なぜなら僕はそうした経緯を経て今に至るからだ。
全盲になってから道に迷ったことがある。タクシーで自分の目的とはちょっと違った場所で降車してしまったことがあった。夜の九時過ぎ、田舎ゆえに人に尋ねようにも通行人はいない。携帯で誰かに迎えにきてもらうにも場所がうまく伝えられない。どうしたかと言えば耳はダンボにして、鼻をピクピクさせて周囲の情報をなんでもいいから収集した。かすかの聞き慣れた音の方向に白杖を向ける。住宅街の路地は入り組んでいて、点字ブロックなどはない。
道端の側溝のコンクリートでできたふたとアスファルトの境を白杖で軽く叩き音を立てるとコンクリートとアスファルトでは白杖の半跫音は違う。そんな音と路面の形状を確かめながら進んだ。
空気の流れや空気のたまっている場所を巧みに感じながら進んでいると、白杖のコツコツの響きが聞き慣れた半跫音になってきた。そこからは高い建物やブロック塀などに反響した白杖の音で自分が今居る場所がわかり事なきを得た。
僕がいう、白杖の半跫音ということはこういうことなんだよ!終始白杖の響きを頼りにしてるわけじゃないよ。白杖を使う人のそれぞれの技能は違うし、住んでいるところが違えば環境も違う。みんな必死なんだよ。
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プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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