スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ビニ本と松坂先生

話は思春期真っ盛りな盲学校時代のことだ。週刊誌の表紙を百恵、淳子、昌子の中三トリオが飾っていたそんな時代の話である。何度も書いているがその頃の僕の目には、読み書き、日常生活には、さほど不自由しないくらいの視力があった。と言っても本などを見るのには顔を近づけるようなど近眼的な視力だが、半盲とはそんなものだ。
視覚障害者、盲学校の生徒といえどもアイドルやスポーツ、異性に興味深々な、普通の男子と何ら変わらない高校生だ。僕は、白いエンジェルハットをちょこんとかぶって、「くっくくっく、青い鳥♪」と歌ってた、桜田淳子のファンで、月刊明星とか平凡の付録に付いていたポスターを部屋の壁に貼ったりしていた。
僕はそんな本の発売日を毎月楽しみにしていて、その日も本屋に買いに行った。いつものコーナーに付録のポスターと歌本と一緒にビニール紐でくくられた、明星と平凡が並べてあって、どちらを買うか、毎回迷ったものだ。
その時もどちらを買うか迷いながらも他の本にも目をキョロキョロさせていると、ビニール袋に入った怪しい姉ちゃんが表紙になった本が目にとまった!僕はその中身が見たくなった。そして誰かに見られていないか周りを見渡して素早く汗ばむ手で、その本をひっつかんでレジに持って行った。
レジのオッサンと目を合わせないようにポケットからかき集めた金だけ渡して袋に入れてもらった本だけを受け取り、マジソンバックに素早く買った本をしまって店を出た。
僕の心臓は高鳴っていた、流行る気持ちと期待に胸を躍らせて下校の道を足早に歩いていると、背後から「○○くん」と女の人に呼び止められた。その声の主は、英語教師の松坂先生(仮名)だった。
やばい、こりゃ松坂先生に見られていたかなとビクビクしながら、「こんちはっす」、そう僕は冷静を装った。松坂先生は結婚はなさっていたが僕たちの姉御的な人でとても面倒見がよく、優しい先生だった。松坂先生とたわいもない話をしながら駅まで歩いた。
別れ際に松坂先生が言った、「出しなさい」。えっえっえ、僕が戸惑っていると、「白杖を通学時にはきちんと持つことが校則で決まっているでしょ」と、松坂先生。
僕は、心臓が止まりそうだったが、汗ばんだ手で、マジソンバックの一番底にしまい込んであった、折りたたみの白杖を引っ張り出した。松坂先生とは、その日はそんな感じで手を振って分かれた。
そして、その晩の僕は本をネタに猿のように青春したことは言うまでもないが、翌日、学校で僕は、再び松坂先生に呼び止められた。人気のない教室で松坂先生と二人、松坂先生が切り出した、「昨日、本屋さんで買った本はどうしたの?」。
やっぱり見られていた!僕はしどろもどろになりながら家に置いてきたことを話した。松坂先生には、思春期だからそうしたものに興味を持つことは仕方ないことだけど、これからは買ってはいけないとけっこうきつく言われた。そして、「○○くんが誰にも見られていないと思っても誰かに見られているものよ」と続けた。
松坂先生は、僕がビニ本を買ったとき、すぐ僕の近くにいたそうだ。「あれだけ辺りを見渡したのになぁ」と開き直る僕に、「誰にも言わないでおくから自分の行動には気をつけなさい。社会に出てもそれは大切なことだから」、松坂先生はそう言って教室を出ていった。
そうしたことがあってからは僕の中には、「誰も見ていないだろう」という思考はない。目が見えない見えるに関係なく必ず誰かに見られている、そうしたことに心がけ行動するようにしている。障害者の前にマナー人間でありたいものだ。
スポンサーサイト
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。