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昭和生まれの視覚障害者あるある

・眼科の診察では、お医者さんが目を洗ってくれた。
・拡大読書機の画面はブラウン管だった。
・点字板の板の部分は木製だった。
・音響信号機は、通りゃんせのメロディが流れていた。
・点字ブロックは、駅や盲学校周辺の交叉点に申し訳ない程度に敷設されてた。
・公共施設の待合室や廊下には灰皿が置かれていてぶつかってよく倒した。
・駅の改札口の目印は、駅員さんが切符を鋏で切る音だった。カチカチの音が懐かしい。
・ホームの点字ブロックは、いつ敷設されたんだかわからない、幅の狭い凹凸がすり減った物があたりまえに放置されてた。
・将来ーホームドアが設置されるとは夢にも描かなかった。
・給食で出される牛乳瓶にミルメイクの粉を入れるのは苦手だった。
・め○ら。差別用語が普通に使われてた。
。点字図書館やマラソン協会からの会報は、音読のカセットテープが届いた。
・白杖の長さをスライドさせて調節するアンテナ式の杖があった。
・ダイヤル式の電話は微妙に回しづらく、もたもたしているとすぐに、ツーツーの音になってしまった。
・プッシュフォンの5のボタンのぼっちは画期的だった。
・テレフォンカードが重宝した。
・テレフォンカードの裏表がわかるようにカードの側面にくぼんだ印があった。
・飲食店や商店で、全盲が1人で行くと入店拒否する店があった。
・歯磨き粉のチューブの蓋は小さく、洗面台の穴に落とすと取るのに難儀した。
・道ばたの赤丸ポストを人と間違えて、ぶつかって謝った。
・弱視の人、ケンタッキーの人形に時間を尋ねて赤面した。
。いらっしゃいませ、公共施設の自働アナウンスに反応して、こんにちはぁ!とあいさつしてしまった。・公衆電話を探していると壁に向かって通話している人がいて、その火との背後に並んでみた。そしたらその人が通話しながら歩き出して初めて、けいたいでんわというものを知った。
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プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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