苦闘のはるな梅マラソン完走記

はるな梅マラソンのハーフの部を伴走者♂に伴走していただき走ってきました。
ハーフを走るのは去年1月の横田フロストバイト以来のことで思うような走り込みができぬまま不安を抱いてスタートラインに立ちました。
この日のお天気は太陽に薄く傘がかかる程度のマラソン日よりであります。
場内に響く軽快なブラスバンドの演奏と沿道からランナーに向けられた群集の声援に送られて、僕らは大勢のランナーに混じりゆっくりスタートした。
絆と呼ばれる一本のロープを伴走者♂と互いに手で握り、腕振り、歩幅を合わせ、二人三脚の用量で歩を進めます。
伴走者♂は伴走経験豊富なベテランさんであります。そうした意味では安心して絆を任せることができた。
マラソン会場から少し離れると梅林が沿道に広がり、かすかに香る梅の酸っぱい匂いがしてきた。
伴走者♂が「白い梅の花が満開だよ」と伝えてくれる。僕はそんなことからのどかに広がる梅林の風景を妄想する。
辺りの風景を脳裏に描く余裕があったのもそこまででコースの傾斜が厳しくなるに連れ足を前に出すことだけに必死である。
長い上りの坂が終わり下り坂になると肌に感じる風が心地よくこのままずうっと下り坂が続いてほしいと思ってしまう。
5kmもしないうちに後からスタートした11kmの部のランナー達が車線の右側を使って追い越していく。まさに疾風のごとくである。
コースはついにこの大会名物の厳しい起伏を繰り返す難所に差し掛かった。
「浅間山が正面に見えるよ。噴煙がなびいている」、そんなことを伴走者♂が伝えてくれる。僕は返事を返す余裕もない。
沿道の家々の玄関先で、「頑張れ、頑張れ」とお年寄り達が僕らに嬉しい声援をくれる。そんな声援に手を上げて答える僕。
8km。やっとこさ、給水エイドのスポーツドリンクを口にすることができた。口にした梅干しが旨かった。
少し元気を取り戻した僕は知り合いのランナーと談笑をしながら走ったりした。
13km地点に差し掛かるとさらに上りの傾斜が厳しくなった。
僕の息は早くも上がってしまった。ゼーゼー、ハアハア、他界した父親のぶんまで呼吸するかのごとくである。
全身の毛穴から汗が吹き出してくる。いつになったらこの急勾配は、終わるんだ、そんな心持ちの僕。
そんな急勾配を折り返しのランナーがもの凄い勢いで下っていく。まさに天国と地獄のごとくだ。
そんな僕もようやく折り返しのコーンを周り急勾配の下り坂を駆け下りることになった。
しかし、左の太ももの付け根の辺りが痛くなり出して加速できない。
そうこうしているうちにまた急な上り坂、斜面の反発を利用して足を交互に前に出すだけの僕。
這々の体で最後の坂を上りきったのはいいけれど、両足のハムストリングスがつってしまった。
「あいたた」、路肩でストレッチをする僕のもとに沿道で応援してくれていた孫くらいの年の男の子が駆け寄ってきた。
「足が痛いの?大丈夫?」、本当に心配そうに尋ねられた。
僕は、その子の優しさに感涙してしまった。
残りは4kmになった。下腹の辺りも痛み出した。もはや加速する余力もなく、それどころか減速してしまう僕。
後続のランナーにも次から次へと抜かれる始末。
しかし、僕には情けなさとか悔しさは不思議と沸いてこなかった。
苦しさの中ではあるけど、外で体を動かせる心地よさと開放感を体前進で感じていた。
ゴールのマットを足踏みするように踏んだ。
この達成感は何なんだろう。伴走者と固い握手を交わした。この日を迎えるに当たり練習会などで走らせていただいた伴走者の人達と、伴走者♂に感謝を伝えこの日の報告を終わりにします。
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プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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