他界した父に伝えること

今日は、五年前に他界した父の法事。仕事人間だった父は厳しい人だった。父は僕が勤務していた老人ホームに入所まもなく施設内で転倒し頭を強打したことによる硬膜下出血で無くなった。享年81歳だった。
その頃ちょうど僕が失明して間もない頃だったので、僕の神経の負担はかなりのものだった。不慣れな全盲になっての生活。父の生前、男同士あまり寄り添うこともなかったから、勤務する施設で精一杯親孝行ができると思っていた矢先の出来事に、僕は憔悴した。
そんな複雑な気持ちと、角膜の炎症からくる目の激痛に耐えながら、僕はその施設で歯を食いしばり働いていたけどダメだった。
離職した僕に周囲の反応も様々だった。それまで僕が手を引いていた全盲の友人達が憔悴した僕を笑った。「失明したくらいでなんだよ。こっちは生まれつき目が見えないんだから」。
その言葉を当時、僕は素直に受け入れられなかった。そんなことは百も承知!世話になっておきながら心無い奴だと思った。
「仕事もしないでなんだよ。甘ったれるな」そう叱りつけてくれた有人もいた。弱視の頃と違ってあきらかに手が掛かるようになった僕から去っていった人もいた。
そんな周囲の反応と目の激痛、そして父の突然の他界。これからの生活の不安が一色にのしかかり僕は、うつ病を病んでしまった。
その間のことはよく覚えていないが一年で20キロやせてた。その間、僕を支えてくれたのが家族だった。僕の気持ちをせかすことなくいつもと同じようにそばにいてくれたっけ。
すこし気持ちが落ち着いた頃に僕は一つの決断をする。角膜の炎症がひどかった眼球を取ることにした。いわばこれからの生活を快適に送るための手術をすることにした。
そんなわけで僕の目は、両目とも義眼になったわけだけど、それまでの激痛から解放されたことで心も穏やかになっていった。外にも出られるようになった。歩行訓練の猛特訓をした。点字教室に通って点字を覚えた。ランニングも再開して、今に至る。
父の墓前に報告することがある。僕は、今、貴方があの日に亡くなった施設で働いています。貴方が生前撮影した富士山やお花の写真が施設のあちらこちらに飾られていました。
貴方が好きだった場所が僕の仕事場です。施設の職員さんも入居者さんも僕にとても親切にしてくれます。もう大丈夫です。母にも姉にも家族にも負担を掛けることはないです。だから安心してくれ、お父さん。
ちょいと情けなく気恥ずかしい話にお付き合いありがとうございました。
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ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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