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ある日の練習会

僕たちが立ち上げた伴走サークルは大勢の人たちに愛され育てられ20年の年月が流れた。
月2回の練習会にも少人数ではあるがそこそこ仲間が集うようになった。
集合の陣地で和気あいあいと談笑する仲間達のそんな様子を感じているとサークルを立ち上げてよかったなぁと思わず笑みがほころぶ。
僕は決まってそんな円陣に耳を向ける。
一人でぽつんとしている目の不自由な人はいないかなとか、初めて参加してくれた人がぼっちになっていないかな。そんな心配りだ。
耳を向けているとほとんど会話に加わっていない人がいる。
それは目の不自由なあの人だったり、まだ馴染めない伴走者だったりする。
健常者だけが固まって談笑している。
僕はそんな光景に目の不自由な仲間が心細い思いをしていないかなと案ずる。
集団の中で目の不自由なものが一人でいることは心細いものだ。
この集まりにきてもあまり走れないとか、このところ練習不足なんだよねーとか健常者同士の会話が耳に飛び込んでくる。
違うだろ、伴走はそういうことじゃない。
長い距離を走りたいとか、速く走れる人を伴走したいとかじゃない。
練習不足?ならば、日常は走れない目の不自由なものは一年中練習不足だ。
そうした思いを口にすると周囲の反応は冷ややかだ。
障害者がああしてほしい。こうしてほしいと主張すれば「何様」と感じる健常者もいる。
伴走の誤解を旨く伝えられないかなとか、お互いにもっと歩み寄れないものかと物思いに耽る僕。
円陣からちょいと離れたベンチに一人座る僕。そういえば誰にも話かけられていない。
気がつくと練習会が終わり、それぞれが解散の身支度をしているところだった。
「誰か手を貸してくれないか」と円陣に向かっていい放した。
いかんいかん、危うく仲間に置いていかれるところだった(笑)
存在を忘れられるとは、自分らが立ちあげたサークルとはいえ情けない。
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プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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