走り始めた原点を振り返る

よく爺さんのマラソンを始めた切っ掛けはどんなことからでしたかって聞かれるんだけど、それはこんなことからだった。
話は25年くらい遡ります。その頃の僕はまだ弱視で私生活に差し障りのない視力がありました。
一眼レフの大きなカメラを抱えて自然や鉄道写真を撮影したり自転車にも乗ってた。
子供達の保育園の送り迎えをしたり休日には、家族の目となり父としてよく遊園地なんかに出かけたものだ。
その晩、僕は居間のテレビを何の気なしに観てた。
ブラウン管には目の不自由な母親を伴走する娘の姿が映ってた。
番組は、その親子がサロマ湖100kmウルトラマラソンに挑み完走するまでのドキュメントだった。
僕は、それを見た瞬間に、へーこんな世界があるんだと魅せられてしまった。
視覚障害者でもマラソンを走れるんだということと100kmを完走してみたいという思いが芽生えたのであった。
とはいってもその頃の群馬には当然、伴走サークルなどはないし、僕にはその筋の人脈などもない。
学生時代に陸上をやっていた僕は取り合えず走ってみることにした。
当時流行っていたエアーマックスとウエアを買ってまずは形から入った。
ところがどうよ、数年ぶりに走った僕は1kmも走れなかった。
それではいかんとその日からコツコツとランニングが僕の日課になった。
しかし、弱視の僕が一人で田舎道を走るわけだからそれなりの危険を伴うことになる。
犬のウンコを踏むくらいならいいけど、ダンプカーに引かれそうになったりもした。
それではいかんと、あの番組で見たような伴走者を探すことにした。
ところが前に述べたように身近には伴走環境などはない。
どうしたかと言えば習いたてのパソコンを使ってインターネットで検索してみた。
そこでたどり着いたのがJBMA・日本盲人マラソン協会のページだった。
そして、その情報から代々木公園で協会が練習会を開いていることを知りそこを訪ねたのが僕の原点です。
そこで出会ったもの助けられたもの感動した環境を群馬にも作ろうと思ったわけです。
僕が走ろうとして困ったのだから必ずいつか群馬でも伴走を必要とする視覚障害者がいるに違いない。
または、伴走をしてみたいという健常者もいるかも知れない。
そんな思いからまだ見ぬ仲間のため、地方の伴走の充実のために、ここ群馬に伴走サークルを立ち上げる決意を固めたのであった。
お茶の間のテレビをローラースケートを履いたジャニーズが賑わせていた頃の古い話である。
次回は、ランモード群馬の結成当時のことを書いてみたいと思う。
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嗚呼 南部トリムマラソン完走記

時計を持たずに走るマラソン大会に参加してきた。
所属クラブの創立20周年行事の一環のひとつとして仲間達と沖縄へ走り旅に出かけてきた。
開催日の3月19日に向けて限られた時間で練習した。禁酒も一カ月した(笑)
南部トリムマラソンは、エントリー時に申告タイムを告げておいて、よりそのタイムに近いタイムで完走を競い合うユニークな大会だ。
エントリーをしたのは去年の十一月のことで、僕はハーフの部を2時間00分を目標に申告した。
その時は開催まで時間もあるし余裕だろうと思っていたけど甘かった(笑)
僕にはこの大会に向けて幾つかの楽しみなことがあった。
それは、沖縄の伴走グループとの交流と仲間達との旅、そして伴走をお願いしたMさん♂との再会である。
Mさん♂は、以前にランモードに所属されていた伴走者で現在は沖縄に住んでいる人だ。
大会当日は生憎の雨だったがそこは沖縄、寒さは気にならなかった。
Mさんとは、現地の伴走グループが準備してくれた陣地で再会した。
僕らは4年ぶりの握手をした。Mさんは若々しくあの日のままだ。
小降りだが雨は降り続いている。Mさんが用意してくれた大きなビニール袋を雨合羽替わりにしてスタートの整列に並んだ。
場内に流れる音楽や周囲から聞こえてくる方言混じりの会話から琉球ムードが高まってくる。沖縄へきているんだなと実感する。
号砲を合図にゆっくり走り出す。沖縄の大会は本土の大会に比べ、のんびりとしたスタート風景である。僕はそんな沖縄も好きだ。
mさんと互いに握るロープが4年の月日を埋めていく。
いつもは暴走ランナーに怯えて走るスタート直後の雑踏もこの時はリラックスして走れた。
風に香る酸っぱい匂いがする。
mさんに、この香りは何か尋ねると酢を製造している工場が近隣にあると教えてくれた。
子供達が打ち鳴らす太鼓の音が沿道から聞こえてる。元気をもらう。
雨合羽代わりにかぶったビニール袋のシャカシャカという擦れる音が気になりだした。
5kmもくると蒸し暑くなってきたのでかぶっていたビニール袋を脱いだ。
コースはゆるやかなアップダウンを繰り返す。
右手には白い砂浜のビーチが続く。
左手に広々としたサトウキビ畑が続く。
そんな風景が広がっていることをMさんが教えてくれた。
キロ表示もなく、時計を持たないので自分が今、どれくらいのペース配分で走っているのかわからない。体感に頼るしかない。
Mさんと走りながら話を沢山した。
群馬にいた頃もよく伴走してもらったねとか、沖縄の風土の話を聞かせてくれた。
そんな雑談の最後にこの日のレースが、Mさんの沖縄でのラストランであることに触れた。
Mさんは、仕事の都合で近々沖縄の地を離れるのだとか・・・。
僕は、Mさんのラストランの舞台に僕を伴走してくれたことに改めて感動した。
おおよそ15kmを過ぎた辺りから僕の体が重くなってきた。ガス欠の前触れである。
長い上り坂は歯を食いしばり走った。汗が滝のように吹き出した。
エイドでは、紙コップの水を一口飲んでは残りの水を頭からざぶりとかぶった。
糸満ロータリーを過ぎた辺りから更に体がいうことをきかなくなった。息が上がってしまった。
走れない自分自身が情けなく気持ちが何度もおれそうになった。歩いてしまおうかと何度となく思った。
Mさんが残り3kmだよと教えてくれる。僕は心で頷くことしかできない。
この日のために練習につき合ってくれた伴走者達の声が浮かんだ。
このツアーにこれなかった友のぶんまで頑張ろうと思い腕を必死に振った。
おそらく歩くような速さだったはずだけど、Mさんは何もいわずに僕のよちよち走りに合わせてくれた。
僕は、歩くことまで合わせてもらうわけにはいかんと自分を奮い立たせる。
自分の申告タイムに一秒でも近づいてやろうと走りにならない走りを続けた。
Mさんと一歩も歩かずにゴールするんだ!それだけだった。
子供達が打ち鳴らす太鼓の音が聞こえてきた。僕は声を振り絞って子供らにありがとうをいった。
Mさんが競技場に入ったよ!と伝えてくれた。
そこから何百メートルあったかはわからないがスローモーションのように時が進んだ。
山あり谷ありの人生のことだったり、誰かに支えられ助けられ生きていること、外で体を動かす気持ちよさ、Mさんと走ってよかった。
そんなことが一色に思い浮かんだのであった。
ゴールのマットを駆け抜けた後は僕には一歩も走れる力は残っていなかった。
申告タイムの2時間00分から16分過ぎてしまっていたけど、これが今の僕の全力である。
シートに倒れ込む僕をのぞき込むようにMさんが、お疲れさまと声を掛けてくれた。
僕は、ありがとうといった。おわり

苦闘のはるな梅マラソン完走記

はるな梅マラソンのハーフの部を伴走者♂に伴走していただき走ってきました。
ハーフを走るのは去年1月の横田フロストバイト以来のことで思うような走り込みができぬまま不安を抱いてスタートラインに立ちました。
この日のお天気は太陽に薄く傘がかかる程度のマラソン日よりであります。
場内に響く軽快なブラスバンドの演奏と沿道からランナーに向けられた群集の声援に送られて、僕らは大勢のランナーに混じりゆっくりスタートした。
絆と呼ばれる一本のロープを伴走者♂と互いに手で握り、腕振り、歩幅を合わせ、二人三脚の用量で歩を進めます。
伴走者♂は伴走経験豊富なベテランさんであります。そうした意味では安心して絆を任せることができた。
マラソン会場から少し離れると梅林が沿道に広がり、かすかに香る梅の酸っぱい匂いがしてきた。
伴走者♂が「白い梅の花が満開だよ」と伝えてくれる。僕はそんなことからのどかに広がる梅林の風景を妄想する。
辺りの風景を脳裏に描く余裕があったのもそこまででコースの傾斜が厳しくなるに連れ足を前に出すことだけに必死である。
長い上りの坂が終わり下り坂になると肌に感じる風が心地よくこのままずうっと下り坂が続いてほしいと思ってしまう。
5kmもしないうちに後からスタートした11kmの部のランナー達が車線の右側を使って追い越していく。まさに疾風のごとくである。
コースはついにこの大会名物の厳しい起伏を繰り返す難所に差し掛かった。
「浅間山が正面に見えるよ。噴煙がなびいている」、そんなことを伴走者♂が伝えてくれる。僕は返事を返す余裕もない。
沿道の家々の玄関先で、「頑張れ、頑張れ」とお年寄り達が僕らに嬉しい声援をくれる。そんな声援に手を上げて答える僕。
8km。やっとこさ、給水エイドのスポーツドリンクを口にすることができた。口にした梅干しが旨かった。
少し元気を取り戻した僕は知り合いのランナーと談笑をしながら走ったりした。
13km地点に差し掛かるとさらに上りの傾斜が厳しくなった。
僕の息は早くも上がってしまった。ゼーゼー、ハアハア、他界した父親のぶんまで呼吸するかのごとくである。
全身の毛穴から汗が吹き出してくる。いつになったらこの急勾配は、終わるんだ、そんな心持ちの僕。
そんな急勾配を折り返しのランナーがもの凄い勢いで下っていく。まさに天国と地獄のごとくだ。
そんな僕もようやく折り返しのコーンを周り急勾配の下り坂を駆け下りることになった。
しかし、左の太ももの付け根の辺りが痛くなり出して加速できない。
そうこうしているうちにまた急な上り坂、斜面の反発を利用して足を交互に前に出すだけの僕。
這々の体で最後の坂を上りきったのはいいけれど、両足のハムストリングスがつってしまった。
「あいたた」、路肩でストレッチをする僕のもとに沿道で応援してくれていた孫くらいの年の男の子が駆け寄ってきた。
「足が痛いの?大丈夫?」、本当に心配そうに尋ねられた。
僕は、その子の優しさに感涙してしまった。
残りは4kmになった。下腹の辺りも痛み出した。もはや加速する余力もなく、それどころか減速してしまう僕。
後続のランナーにも次から次へと抜かれる始末。
しかし、僕には情けなさとか悔しさは不思議と沸いてこなかった。
苦しさの中ではあるけど、外で体を動かせる心地よさと開放感を体前進で感じていた。
ゴールのマットを足踏みするように踏んだ。
この達成感は何なんだろう。伴走者と固い握手を交わした。この日を迎えるに当たり練習会などで走らせていただいた伴走者の人達と、伴走者♂に感謝を伝えこの日の報告を終わりにします。

ありがとうの日と白杖のマナー

3月9日、この日は「ありがとうの日」なんだそうです。
3と9の語呂合わせでサンキュー、ありがとうなんだね。
ありがとうは言われるほうも言う方も気持ちがいいよね。
僕は、子供達には「ありがとうが言える人、ありがとうをいってもらえる人」になってくださいと小さい頃から伝えてきた。
誰かに何かをしてもらったり物をもらったりしたら素直にありがとうが言えること。
ありがとうは決して感謝を求めるものではないけれど、
困っている人がいたらお手伝いしたり、易しい気遣いができる人であってほしいから、そう子供達には教えたのです。
たまに駅や街で不安そうにしている白杖の人に声を掛けたら素っ気ない態度で拒絶されたという話を耳にします。
目の不自由なものがいつも手助けを必要としているわけでもないし、
障害者も普通の人と一緒で、無愛想なものだっている。
障害者だからといって無理に良い人でいなくていいけれど、
声を掛けてくれた人だって勇気がいるんだよ。
あの人、危なそうだな。困っているのかな?声掛けようかどうしようか、
そんな心持ちで勇気を出して声を掛けてくれるんだよ。
だからさ、断るにしても「ありがとうございます。今は大丈夫です」と、
それくらいの「ありがとう」くらいは言える心持ちでいてほしいと僕は思うよ。
無愛想だとか良い人とかではない、善意や勇気に対するマナーだよ、マナー。
そうしたマナーと「ありがとう」の一言が、声掛けや見守りの啓発を広めるのだから。

苦労はお互い様

やだなぁ。生まれつき目の見えない全盲が一番不幸だとか、いや、弱視だって大変なんだ、中途失明者は、それまで見えていたんだから幸せだよ、みたいな議論。
視覚障害者が集まった席で僕の嫌いな話がはじまった。
僕はこうした会話にはいつも加わらないことにしてる。
だって生きてきた環境もみんな違うのだし、できることも違うんだからさ。
視覚障害には二通りある。まずは視覚障害、それと視野障害に分けられる。
視覚障害には、まったく見えない全盲と光を感じることのできる光覚、メガネなどの強制が効かない視力が弱い弱視がある。
視野障害は、視力はあるけど視野が極端に狭い視野狭窄と、視力はあるけど目の中心が見えない中心暗点がある。
みんなそれぞれ当人でしかわからない苦悩や悩みを抱えてる。
先天性の全盲の中にはこの人、本当は目が見えてるんじゃないのってくらいの弱視顔負けに行動力のあるものもいる。
そうかと思えば弱視の中には人につかまらないと歩けないというものもいる。
私は白杖の音の響きが歩くときに頼りになるというものもいる。
今時、白杖の音の反射音なんか必要としている奴がいるのかと、笑うものもいる。
どれだけ苦労と努力しているんだか知れないけど、自分のことばかり主張してさ、人の揚げ足ばかり取って本当にいやだ。
住んでいる環境も違えば、生きてきた環境も違う。能力もモチベーションだって違うのだから、
そんなことは計りに掛けられやしないんだよ。
ちったぁ、その人の立場になって物事を考えられないのかね。狭い世界である。
お互い様、そんな心持ちと仲間を思いやられる世界であってほしい。
おわり
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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