トイレの白杖さん

お食事中の方ごめんなさい。貴方はトイレの個室で水を流す場所がわからず困ったなんて経験はありませんか?それというのもこの前、某公共施設のトイレを使用したとき、水を流すハンドルが見つからなくて難儀しましたよ。文字通り手探り脚探り、壁やら足元やら必死のパッチで探しちゃいましたよ。そしたら驚いたねー!床のセンサーを靴で踏む仕掛けになってた。なるほどと思って何回か繰り返し水を流しちゃいました(笑)
いやいや冗談はともかく最近は、各トイレメーカーの技術が進み使いかっては快適になったけれど、そろそろ公共のトイレなんかでは、水を流す装置や位置を統一するユニバーサルデザイン化を考えてもらいたいものだ。せめて手動式ハンドルくらいは常設してほしいぞ。
そういやトイレって、水を流す云々以前に、視覚障害者が難儀する場所なんだよねー。トイレの入り口までは、点字ブロックや音声案内などでわかりやすいけれど、トイレの中までは点字ブロックが続いているわけではないし、構造はどこも違うし。中には迷路みたく感じたとこもあったよ。いつだったか清掃の道具が置いてある個室に飛び込んでしまったがな。
女子トイレはわからないけれど、男子トイレでいえば、小便器や個室、手洗いの配置がすごくわかりにくい。そうした空間を白杖を頼りに移動するわけだから小便器に向かう人の背後にぶつかってしまうケースもあれば、出口がわからなくなって右往左往なんてこともあるし(苦笑)
色々愚痴ってしまったけれど、トイレの中で迷っていそうな白杖の人を見かけたら声を掛けてもらえると助かります。。「お手伝いしましょうか」の一言をお願いします。
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野球実況

広島東洋カープ、25年ぶりのリーグ優勝ですか!凄いな、近年のカープはベテランと若手がバランスよく入れ替わりチームが成長してきましたな。とにもかくも優勝おめでとうございます。
プロ野球といえば僕も年に数回野球観戦に出かける。球場での観戦は臨場感があって最高です。夜風にあたり飲み干すビールの味は格別である。狭い鳥かごを飛び出し自由を手にした、そんな気分かな。
目の見えない僕がどうやって野球観戦しているかといえば、行くときは健常者のお友達と一緒です。僕はだいたい、イヤホンを耳にラジオの実況放送を聴きながらの観戦です。たまに実況放送がないときもあるんだけど、そんなときは、こんな感じに隣で友人が展開される試合の流れを教えてくれるんです。
友人→ピッチャー、セットポジションから投げました。バッター、打ち上げた!ライトに大きな打球です・・・云々。そんな感じだ。
いつだったか、その日も友人が僕の隣で試合の状況を伝えてくれていた。友人は応援しているチームの勝利が目前で僕に伝える描写にも力が入ります。
友人→空振り三振!タイガースが勝ちましたぁぁぁ!凄い凄いやりましたぁぁぁ!
友人は、つい声が大きくなってしまったことに、周囲の観客に「うるさくしてすいません」って、頭を下げてた。僕も悪いと思ったのでぺこりと頭を下げた。
そしたら近くにいた観客の一人が、「名実況だったぞ!」と叫んだら周りから拍手されて、最後はそのことが切っ掛けで、誰彼かまわずに握手にハイタッチ!いい思い出である。

混浴温泉風呂

もうだいぶ前のことなんだけれど僕が30歳くらいだったかな。ある集まりの親睦旅行で温泉旅館に泊まったんだ。話は相部屋のみんなが寝静まった、その晩のことなんだけれど、僕は何故か朝方まで寝付けなくて風呂に一人で行くことにした。時間は早朝4時くらいだったかな。
そこの旅館はそれなりに大きな宿で、大浴場に行くには、長い廊下の角を幾つか曲がって、エレベーターで地下まで下がるそんな構造だった。僕は少し見えていた視力と一度みんなで入浴に行ったときの道順を頼りに、薄暗い廊下を文字通り、手探り脚探りで大浴場まで辿り着いたんだ。

脱衣場には、しーんとして誰もいなかった。やけに蛍光灯が眩しかったことを覚えてる。僕が浴衣を脱いでタオルを手にしたときだった。脱衣場の引き戸ががらりと開いてお婆ちゃんたちが4人やってきた。
お婆ちゃんA、お兄ちゃん、ここは女風呂だよぉ。
僕、えっ!うそだぁ 間違えた。お婆ちゃんB、男風呂は隣だよ。
僕、ごめんなさい。今出て行くんで。
そんなやりとりの後、そそくさと身支度をしているとお婆ちゃんたちが、僕の目の悪いことに気づいたみたいだ。
お婆ちゃんB、あんた、目が悪いんだろ。
お婆ちゃんC、危ないから一緒に入ってきなさいな。
お婆ちゃんA、なーに恥ずかしがることはない。うちの孫みたいなもんだよ(笑)
お婆ちゃんD、アタシがお世話してやるからね。
僕、あふあふ。
そんなやりとりの後、ほとんど強引に、お婆ちゃんたちに手を引かれ、背中を押され、混浴する流れになったのでありました。
後は、至れり尽くせり子供の頃に祖父母と入浴したときのような至福の時間でありました。最後は、僕も開き直って、お婆ちゃんたち一人一人、背中を流してあげました。
ローラースケートを履いたジャニーズがお茶の間のテレビを賑わしていた頃の古い話である。

あの人さえいなかったら。そんなこといわれてもなぁ

先日のブログで催眠商法の店の従業員が弱者の僕を見てもシカトしていることに触れたけれど中には僕は甘えているみたいな意見もあるようだ。確かにそこの従業員にもその場に居合わせた人々も僕を誘導する義務はない。僕だって巧みな話術で客を洗脳して高額な商品を売りつける商売なんざしとる連中なんかには、最初から優しさなんざ期待してないわい。
しかし連中は、言に僕だけではなく、そこをその時間に通る人や車に迷惑をかけている。それだけではなくて、連中はそろいもそろい交通整理にも立つことなく、店外でも客をつかまえて、また来店させるためにこれでもかの易しい声色を上げる様子はまさに「洗脳」である。しかし、一歩譲って僕が怪我することはかまわないけれど、自分の客が、もし僕とぶつかり怪我してもいいのか?駐車場を出る車が僕をはねたらドライバーは、罰せられることになるんだよ。
僕だけが安全にそこを毎日通りたいわけじゃないわい。白杖の人を誘導、手助けするということはな、白杖のその人だけを安全に導くことだけではなくて、周囲の安全の確保の意味もあることを理解して欲しい。
「あの人さえいなければこんな怪我しなかった。こんな事故起こさなかった」。後でいわれても困るしよ、関わったお年寄りやドライバーが可愛そうだろうよ!
職場に行くにはどうしても、そこを通らなくては鳴らない。交差点を横断するだけでも命がけだっちゅうに、そこに催眠商法の店ができて、鬱になりそうだけれど、僕なんかよりもっと苦境に立たされている白杖の仲間も健常者だっている。
だから僕も頑張ることが出きるし、「負けるもんか!」って気持ちで居られる。ちくしょう、ちくしょう!負けるもんかぁ

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催眠商法の店ができた

このブログで何度も話題にしている、僕が通勤途中に渡る「音響信号機も点字ブロックもない交差点」の一角に最近、催眠商法の店が開店した。いわゆる話を聞いてくれた人に最初に、パンや卵とかを無量でくれたり、安い健康食品を販売しておいて、最後に高額な商品を売りつけるというろくでもない店だ。
無料とか格安、健康促進の甘い広告に引き寄せられた客が群をなす。ちょうど僕が渡る横断歩道のところが、その店の駐車場の出入り口になっている。朝はまだいいんだけれど、帰宅時にそこを通るときは恐怖!最悪である。セミナーだか何だか知れないけれど、それを終えた客の車や自転車、シルバーカーを押したお年寄りがウジャウジャ出てくる…中には杖を突いたフラフラと歩くお年寄りもいるはずだ。そうした人の気配はわかりにくいし、ぶつかりでもして怪我でもさせたら大変である。
往来の車と駐車場から出てくる車で渋滞が発生する。そうなると信号機が変わることがわかりにくくなるし、中には横断歩道の上に止まる車もいる。さらに、腹の立つのは、その店の店員達だ!
定員達は店の外まで出て来て客を見送る。「お婆ちゃんありがとね。気をつけて帰ってくださーい」、「またのお越しをお待ちしていまーす」。あっちでもこっちでもまるでコメツキバッタのごとくである。
そんでその連中!白杖を突いた僕にはおかまいなし。僕がそいつらの間近に差し掛かると何故か声を上げるのをやめてしまう。複数の定員がそんな感じ。自分とこの客には、これでもかの接客をしているのに何なんだよ。よくとれば見守ってくれているのだろうけれど、僕にしてみたら事故がいつ起きても不思議じゃない状況で、こういうときほど誘導してほしいし。誰かに手を貸してもらいたいのに。
こうしたときに、白杖をバシバシ叩いて音を立てればいいのか?「ほらほら、目の見えない私が通りますよ。気をつけてくださーい」って。いや、僕には性格もあって、そうしたことはできないから、「すいませーん。通らせてくださーい」って、頭を下げる僕モコメツキバッタになっている。

白杖の俺。わしゃ、偽物かぃ

我々視覚障害者も時に疑惑にさらされることもあるようだ。では、どんなケースがあるかといえば例をいくつか上げてみましょうねー。
・白杖の人がスマホを神レベルの指ワザで操作してた←なにそれ?
・電車にて。白杖の人が乗ってきたので席を譲ってあげたらその人が座った後に鞄から本を取り出して読み始めた!←何それ?
・書店にて。白杖を小脇に抱えた人が立ち読みしていた!←何それ?
・横断歩道にて。青信号が点滅したら白杖を突いた人が杖を小脇に抱え、いきなり賭けだした!←何それ?
・ショッピングセンターにて。もしもしお財布落としましたよって、白杖を持った人にぽんぽんって肩をたたかれた!←何それ?ショッピングセンターにて。白杖の先をずうっと床から浮かしたまま買い物していた。それも一人で!何それ?
・集まりにて。目が不自由だという人が私の胸をジロジロ見てた!←何それ?
・公園にて。白杖をストックのように突いた人がジョギングしてた。私を颯爽と追い越していった!←何それ?
・駅ホームにて。発車ベルが鳴っているときに白杖を突いていたはずの人がダッシュして電車に乗り込んできた!←何それ?
・歩道にて。白い杖の人がいきなり犬のウンコ飛び越えた瞬間!俺は人を信じることをやめた。
貴方もそんな疑惑の目で、白杖の人を見たことはありませんか?見えてるじゃん!もしかして偽物?って。
まず最初に白い杖は全盲の人だけではなくて、少し見える弱視もロービジョンの人達も携行することを知って下さい。
目が見えないといってもなにも全盲だけではありません。ど近眼みたいな人。視野狭窄の人。視界の中心部がほんの少し見えている人。目の前にかざした指の本数がわかるくらいの人。その症状は様々です。
考えても見てください。その程度しか見えていない人が白杖を持たずに行動するほうがよほど危険です。目の見えないことを偽ったところで何の特もないです。
白い杖には、この人は目が不自由ですよって周囲に注意喚起を示す役割もあることも知って下さい。
ですから本を読んだり、足下くらいは見える、駆け足する、杖の先を浮かしている、そうしたことはごく自然なことなのです。どうかご理解を宜しくお願いします。

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再掲!失敗から学んだ白杖のバラード

肌に感じる風はもうすっかり秋だ。この季節になると思い出すことがある。まだ、この目に視力が残っていた頃の失敗を。前にも書いたがちょっと見えていると白杖など持つことはおっくうで、気恥ずかしかったりするものだ。半盲とはそんなものだ。
話は親元を離れて関西で働いていた青臭い頃のことで、ピンクレディーがペッパー警部で華やかにデビューした当時の話である。高校を卒業したての僕は、白杖を持つことが気恥ずかしいというより、周囲から「目の悪い人」と見られることが嫌だった。そうした浅はかなことから目に障害のあることを必死で隠したり、外出するにも白杖を持たなかった。
その日は当時つき合っていた健常者の彼女の運転でドライブをした。ドライブインでトイレ休憩をして車に戻った僕が何のためらいもなく助手席のドアを開けると何となく雰囲気が違う。助手席に彼女より綺麗な女性が座っていて、その人と目があった瞬間、「きゃー!」とその人が大きな悲鳴を上げた。
僕は同じ色形の車のドアを開けてしまったのだ。それに築いて、「車を間違えました」、そう言うと僕は即座にドアを閉めて、その場からそそくさと立ち去ろうと足早に歩き出すと運転席から、だぼシャツを着たパンチパーマの男が降りてきた。どう見てもヤ○ザである。
僕は過去にも苦い経験があったので、その男に、僕が半盲であることを告げて車を間違えてドアを開けてしまったことを必死で謝った。男は聞く耳をもたない。見た目は健常者と変わらない僕、ましてや僕もリーゼントにスカジャン、そんな格好だ。目が悪いから車を間違えたなどという理屈は通じるわけもない。
男は血が上って僕がアベック狩りを仕掛けたものだとばかり思いこんで、「落とし前をつけろ」の一点張りだ。話にならない。僕はポケットから身○者手帳を出して男に見せて、本当に目の悪いことを説明したが、「そんなものは理由になるかい、ボケ」と手帳は破り捨てられた。
男は、「お前が連れている女の車のところへ連れていけ」と言う。連れて行くもない、彼女の車はすぐ隣に止まっていて中で彼女が震えてた。男は彼女には何もちょっかいを出すことはなかったが、僕への怒りは収まらない。「ちょっと顔をかせ」、男はそう言って僕を建物の裏手についてくるようにと歩き出した。僕はそんな男の後をビビりながらついていった。
その途中のことだ。緊張して歩いていた僕は車止めにけつまずいて前のめりに転んでしまった。おでこをアスファルトに強打して額が切れて流血した。ひざまづいて俯いてアスファルトにポタポタと垂れる自分の血を見て僕は、情けなくて泣きそうになったが歯を食いしばって涙をこらえた。
男はそんな僕を見下ろし、「兄ちゃん、ほんまに目、悪いんやな」と苦笑した。そこに助手席にいた女性が、僕の彼女と一緒に駆けてきて、「貴方、そのへんで勘弁してあげて!」と、男に言った。
男は、「こっこいつが勝手にこけおったんや」とか、何とかかんとか言ってたけど、「兄ちゃん、目が悪いんやったら眼鏡を掛けるなり、白い棒をもたにゃあかんで」、そう僕に言って女性を連れて去っていった。そのときに一緒にいた彼女とはしばらくして別の理由でフられてしまったが、青臭く苦い思い出である。
そうした実体験のひとつから僕は、弱視やロービジョンの人にも「白杖を使うこと」を呼びかけている。
長年白杖生活をしていると本当に色んなことがある。白杖を持たずに歩いていて車に跳ねられて死んだ親友もいる。白杖を持っていたが駅ホームから転落して命を落とした知り合いも少なくない。余談になるが、僕などは、白杖を持たずにお年寄りとぶつかって怪我をさせてしまったこと、散歩中の犬のリードが見えなくて、それにつまずいてトラブルになったこともある。
思いおこせば白杖を持っていればよかった、持っていて助かったことの方がはるかに多い。最近、弱視やロービジョンの人たちへの誤解や偏見をよく耳にするが、こんなジジイのお節介がましい話から、「全盲だけではなくて、少し見えにくい弱視やロービジョンの人たちも白杖を使う」ということと、白杖を携行することの意味や大切さをご理解いただけると幸いである。※文中の僕の視力は片目0.2。もう片方は義眼でした。その視力だと日常の生活にはとくに不自由はなかったですし、人の顔も見分けがつきました。大ざっぱに見えるけど、細かいものはよく見えないそんな状態でした。だからヤク○とわかったし、車止めにつまずいたのです。

身近に忍び寄る恐怖体験

駅ホームでの視覚障害者の転落自己が物議を呼んでいるが日常の身近な場所に危険は潜んでいる。今回はそんなことを書いてみたいと思う。
まず当然のことだが、ぴよぴよの音の鳴らない信号機のない横断歩道を渡ることは危険と隣り合わせだ。その道幅が長いほど危険度は増します。横断中に方向感がくるってしまったり、停止線をはみ出し横断歩道の上で停止している車を避けようとして迷ってしまうこともある。最近では、停車中はエンジンが止まる車が増えたので、その気配がわかりにくくなりました。それと交差点で、強引に進入してくる右折、左折の車は本当に恐怖です。実際に事故に巻き込まれた視覚障害者はけっこういます。
次に歩道に目を向けてみましょう。点字ブロックの上に止められた自転車やバイク。店舗の品物やら看板までもが点字ブロックをふさいでいることもあります。そうした障害物を避けるには、当然点字ブロックを一旦外れなければなりません、白杖を点字ブロックから離すことは不安だし、危険です。そうしたことで方向感覚がわからなくなり道に迷ってしまうケースも多々あります。
足下の障害物は、白杖である程度は察知できますが、顔の高さに突き出たトラックの荷台やサイドミラーにぶつかり大ケガをするケースもあれば、上げられたままのハッチバッグ車のドアの角に眼球をぶつけて失明した弱視者もいました。それと庭の植木の枝が塀の外まで突き出たケースもあります。
ガードレールやフェンスが設置されていない道端の側溝や水路。音もなく行き交う自転車。階段に座り込んでいる人達。歩きスマホしている人達。バッグブザーの鳴らない突然バッグしてくる車などなど、恐怖の対象です。
駅ホーム以外での危険なケースをいくつか上げてみましたが、ちょっとした周囲の気遣いで避けられることが多いように思います。この記事を不幸自慢などと思わずに、こうしたケースを配慮した気配りをお願いします。大きな事故につながる前に町の安全を願い、ちゃれんじぃ

何も起こらない普通・・・伴走のお話

視覚障害者ランナーを伴走するガイドランナーは凄い。どんなところが凄いかと言えば、走りながら視覚障害者ランナーに路面の情況や進行方向や展開される景色などを逐次伝えてくれる。パラリンピックのマラソンともなれば、キロ3分台の速度で展開されるそれらを選手に伝えるのだから凄い。それだけ聞くと視覚障害者ランナーの伴走は難しいと思われるかも知れないが、皆さんが想像しているより簡単である。単純にいうと自分の走る力に合った相手(視覚障害者)と組めばよいのです。例えばキロ6分くらいなら自分にも伴走できるかなと感じたら、それに合った相手。もっと速い人がいいなと感じたら、それに合った相手。いや、私はウォーキングしかできないという貴方だって、そうした思考の相手と組めばよいわけですから、伴走は「やってみたい」という気持ちが合れば誰にでもできるものです。健常者の皆さんがそうであるように、視覚障害者の中にも本格的な競技思考の人から、健康優先という人。ウォーキングを楽しみたいという人までいます。そして、そうした人達のすべてが、家の玄関を出て外で体を動かす気持ちよさを実感しています。それもこれも伴走者がいてくれるから体感できるものです。
ある伴走者はいいます。障害者を特別視しないことが長続きのコツ。我々の中にメガネを掛けた人が居るように、目が不自由なだけで、彼らだって普通の人であることを知ってください。伴走は、自分がもし目が見えなかったら、そんな気遣いで出きるスポーツボランティアであると。
ボランティアはしてやって当たり前、してもらって当たり前。そんな風潮もありますが僕らは、伴走者には感謝の気持ちをいつも抱いています。またそれを伴走者は要求しません。何故なら一心同体、視覚障害者ランナーと伴走者は二人で一人だから。
障害者と健常者、「何も起こらない普通」が、僕はいいとそう思う。
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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