白い杖の座頭一

凄い奴がいた。この話は、僕が盲学校の後頭部に在学していた頃、そいつと出会い、何かと騒ぎを起こしていた当時のエピソードだ。そいつは、相川(仮名)という男で、生まれつき目の見えない全盲で、僕のいっこ下の学年にいた。相川と仲良くなった切っ掛けは、校舎の廊下の角で、出会い頭にぶつかり大喧嘩になったことだ。相川はやたら体がでかくて、僕が飛ばされた。「てめえー、どこに目をつけてやがる」、僕が立ち上がり相川に詰め寄った。「目なんかついてねえよ。」、相川が切り返す。取っ組み合いの喧嘩になった。そしたら相川、つえーのなんの!殴っても蹴り上げても倒れない。それどころか僕の攻撃を交わして反撃してくる。僕が投げ飛ばされた。喧嘩は、騒ぎを聞いた教員等に止められたが、「おめー、つえーな」みたいな感じで仲良くなった。
相川の凄いところは、それからさらに知ることになった。相川は、よく放課後や休みになると点字ブロックも音響信号機もない、歩道もさほど整備されていない当時の繁華街を白杖一本で、一人歩き回った。とにかく感がよかった。外出先で白杖を折ってしまったことがある。そんなときも4Kmの道のりを足さぐり、手さぐりで歩いて。帰宅したというのだからおどろきだ。盲学校というところは、先天性の全盲や中途失明、弱視など色んな目の障害を抱えた生徒がいるところだ。そして当時の僕を含めて、たいがいの弱視は、暗闇とか、夜になると極端に視力が低下するものが大半だ。踊り疲れたディスコの帰り♪ 夜道を生まれつき目の見えない相川の肩につかまり歩き、助けられ助け合った青春時代が懐かしい。もう何十年も会ってないけれど、心優しい白杖のざとういちは元気にしているだろうか。
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選挙の投票と白杖のおじさん

期日前投票を済ませてきた。えっ?障害者にだって当然、選挙権はありますよ。では、目の不自由な僕らがどのように投票するのかお話しましょうね。最寄りの投票所までどのようにして行くかは、徒歩だったり家族の車で出掛けたりと健常者の皆様と一緒です。投票所で通常の受付をするわけですが、いくつかの投票方法があるわけです。少し見える弱視やロービジョンの人たちは、文字の読み書きができるわけですから健常者の皆さまと同じ投票用紙を使い通常の投票をします。僕のような全盲らは、点字を使った投票と口頭での投票のどちらかが選べます。どちらを選ぶかは監理委員に伝えます。投票用紙はどちらも皆様のものと一緒です。点字投票は、点字の筆記用具を使い投票用紙に記入して、投票箱に入れます。記入場所や投票箱の配置などは、監理委員が誘導してくださいます。口頭での投票は、二人の監理委員が同行してくださいます。記入場所で、僕が小さな声で、監理委員に支持者の名前を伝えます。それを聞いた監理委員の一人が僕の投票用紙に記入します。もう一人の監理委員がその流れを確認しているというわけです。その後は、監理委員の誘導で、投票箱に入れるというわけです。ちょいと忙しく簡単に説明しましたがわかりにくかったらごめんなさい。誤字脱字が気になったら堪忍してくんりょ。今回は、この辺で_(._.)_

街頭演説と白い杖のおじさん

JRの出札を出ると外の方がなにやら騒がしく嫌な予感。白杖で点字ブロックの上に立つ人たちを交わし駅ロータリーに出たところで選挙の街頭演説をやっていた。候補者の叫ぶ声が街宣車のスピーカーから大音響となり、街頭の気配がかき消される。周囲の音を目印に動く僕にしたらたまったもんじゃない。いつも目印にしている通りの音響信号の音やタクシー乗り場の動きも人々が往来する気配、そんな音が一度にわからなくなるのである。候補者の叫び声が途切れた一瞬の間をついて、いつもの音を探して目的の方向へ白杖を向ける僕。足元に延びる点字ブロックは、群衆に塞がれてしまっている。「すいません、道を開けてもらえませんか」。「え?なんですか」。お願いする僕、声を掛けられた側も何を言って何を聞かれているのかわからないようだ。お互いに大きな声になる。
そんな押し問答を繰り返して、目的の交差点にたどり着いた。しかし、頼りの音響信号の音がよく聞こえない。人に尋ねようにも人の気配すらわからなかった。僕のイライラはピークに達してしまう。「うるせー 信号の音が聞こえないんだよ!」、街宣車の方向に向かって、そう叫んでしまった僕。いつもならそんなことないのに・・・疲れているのかな。その後、交差点を見切り横断した・・。反省。

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駅ホームから転落

まだ、この目にわずかに視力があった頃の話だ。その日は、夕刻から隣町の居酒屋で所属していたランニング(伴走)サークルの親睦会があり電車で出かけた。宴席は、走友たちとの歓談と旨い料理に舌包みを打ちたいそう盛り上がった。僕はその場の雰囲気に流されて、お酒をいつもより飲んでいたように思う。そんな宴席の帰り道、ほろ酔い加減の僕は、一人、電車に乗ろうと駅ホームの点字ブロックを白杖で辿っていた。いつも自分が乗車するドア位置に向かっていた。夜の田舎駅、人影は感じなかった。階段付近の狭い通路に差し掛かったところまでは覚えていた。気がついたときは、僕は線路の上に転がっていて、何人かの駅員さんに救助されているところだった。そんなとき、もの凄い走行音と一緒に反対側のホームに電車が滑り込んできた。もしそちら側のホームに落ちていたら僕は、この世には、いないだろう。
その後、僕は腰と左膝の痛みに耐えながら自力で帰宅した。ところが明け方腰の激痛に耐えられなくなり救急車を呼んだ。搬送先の病院の診察で、腰の王突起が四本折れていることと、左膝の皿に亀裂が
あることがわかり、そのまま入院することになった。あれからもう十年近く経った今でもそのときの怪我の後遺症に鳴かされている。
今が充実しているかと言えば、そうでもない。後遺症からのひどい腰痛と膝の具合は、ちょっとオーバーワークをすると激痛になる。思うようなランニングができないのが本当に悔しい!?でも命があって、家族といれることが何より感謝している。後遺症とは長い付き合いになりそうだけれど、だましだまし仕事もランニングも続けていきます。『酒は飲んでも飲まれるな』、そんな言葉が骨身にしみる失敗談である。皆様もお酒と駅ホームにはご用心

人間らしく自分らしく

このブログを休止していた間には本当に色んな琴があった。休止理由にスマホ操作の戸惑いなんかもあったけれど、目の痛みが軽減して、メンタル面や健康も回復して、仕事に定着できるようになった。点字を習ったことで、視力があった頃のように文字を持つことができた。白杖使いもそこそこ向上した。そんなことから以前とさほど変わらなく自分らしさを取り戻せたように思う。独自で、生活訓練をして、自分の身の回りのこともこなせるようになったことが本当にうれしい。これは、僕の持論なんだけれど、いくら趣味にしていることや仕事ができたとしても身の回りのことは、人の手を借りないと何もできないというのは、自分の中で自分を許すことができないのです。まぁ、そんな苦境や頑張りや努力も過ぎてしまえば財産ですからね。さて、長々と書いてみたけれど、今が充実しているかといえば、それがそうでもないんです。次回は、そんな愚痴を聞いて下さい。

タンデム自転車との出会い

話は四 五年前のことだ。失明したばかりで、精神的にも肉体的にもズタボロだった。また、「負けてた○か」と苦境に打ち勝つ努力もしていた、そんな頃の出会いであった。その頃の僕はといえば仕事やランニングのことより、これから盲目として生きていくために、点字を習ったり白杖を使った歩行訓練などに七転八倒してた。そんなある日のことだ。同世代の友人から、「二人乗りの自転車に乗ってみないか」と誘われた。最初はどうせ観光地にあるようなアベック自転車かなんかだろうと思ったけど、「たまには、体を動かしてみるか」と友人の元へ出向いてみた。自転車は僕の想像していたものと違い、ドロップハンドルのロードレーサータイプの本格的な二人乗り自転車だった。おっかなびっくり後部席に座りペダルをこいでみた。前席の友人のこぐ力と僕のこぐ力が合わさると自転車はぐんぐん加速していった。体全身に受ける季節の風。ペダルから伝わる自転車の動揺。飛ぶような景色が目の前に展開してくる。この目には映らないけど、そんな妄想で頭の中が一杯になった。伴走者と走る感覚とは、また違うこの感覚はなんだろう。僕は、ほとんど有頂天だった。幼少期に初めて自転車をこいだときの感動。通学自転車の風景。彼女と二人乗り下放課後。そんなことが一度に思い出されたのである。そして目が見えなくてもできることが、まだまだあったことに胸が高鳴るのであった。僕は、この日。二人乗り自転車をタンデムということを初めて知った。そんなことを教えてくれた友人に深く感謝し、後にタンデムの世界に深くのめり込むことになるのであった。生きる張り合い、玄関をでる勇気を持つこと、それから始まる喜びや感動が沢山ある。

あれから○○年・・・

家族で遊びに行った遊園地の思い出を書いてから休止していたこのブログ。Twitterでもつぶやいていなかった筆者ではありますが、取りあえず元気しています。休止理由のひとつは、当時愛用していたガラケイからスマホに変えたのですが、その操作に戸惑っていました。全盲の僕がどのようにしてスマホを捜査しているかと言えば、端末に内蔵されている。音声文字入力・文字読み上げ機能を使っています。ツルツルの画面を指でかーるく滑らせると画面に表示されている文字列に指先が触れると、音声機能が働きます。ご存じかと思いますがiPadなどのボイスオーバーを使う事例もありますが、僕の場合は、ドコモのらくらくスマホでこの記事を書いています。
さて、お化け屋敷でバイト君のお化けと仲良くなった、子供たちもそれぞれ社会人になりました。しっかりものの女房も僕もちょいと年を取りましたが元気しています。このブログでまた、僕の半生を振り返りながら、白杖のことや視覚障害者のあれこれを書いていきます。ブログ休止中、ご心配を戴いた皆様、有り難うございました。これからまた、このブログを宜しくお願いします。
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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