白杖の響きだけで勇気もらった気がしたよ

白杖で歩くコツコツという音僕、好きなんだよね。自分らしさというか心地よさというか、一人じゃないんだよみたいな、安心感があるんだ。愛してるの響きだけで強くなれた気がしたよ♪・・・そんな歌い出しのラブソングがあったけど、白杖の響きだけで強くなれた気がしたよ♪みたいなさ。あっ、この「強くなれた」と言う意味は、障害者が家の玄関を一歩外に出る勇気、そんな「心の強さ」のことね。
僕が突く白杖のコツコツの響きは建物やブロック塀に反響して道幅を教えてくれる。狭まった音は狭い道、広がり聞こえる音は大通り、そんな音の響きの変化で路地の曲がり角などもわかるし、コツコツの音は僕の道しるべみたいなもんかな。
コンサートに行った夜の帰り道なんか気づくと白杖を突くコツコツの音と靴音がハミングしてたりする。ちょっと嫌なことがあったときなどは気づくとコツコツの音が少し大きくなったりする。また、急いでいる時などは自然とコツコツの音が早くなったりするから、気をつけないとという気持ちにさせてくれる。
アスファルトや未舗装の道、百貨店のフロア、絨毯の敷いてある床は、それぞれ音の響きが違う、そんなことからも地面の変化を知る目安にもなっている。
白杖を突く音と言えばこんな思い出がある。昔通っていた通勤途中の路地裏に馴染みの赤提灯があって、僕が仕事帰りに白杖を突いてその店の前まで行くと、コツコツの音を待ちかまえていたかのように、引き戸がするりと開いて、店の中からちょこんと顔を出した店主に、おいちゃんお帰り~」なんて声を掛けられて、おでんのいい匂いと常連客の笑い声に引かれて暖簾をくぐったことを懐かしく思います。
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病院の待合室でのこと

その日は風邪が悪化して町の主治医さんの待合室で、僕は診察の順番を待っていた。
僕の隣に小さな女の子と、その子の祖母らしい人が座っていた。
女の子は時折ぐずっては、「静かにしなさい」と付き添ったご婦人に叱られていた。
熱でもあるのかな?可哀想になどと思っていると、○○さん、次どうぞと僕が呼ばれた。
僕の目の見えないことを知った看護婦さんが僕のところまできて、僕の手を引いてくれた。
女の子がそんな様子を見て、「あの叔父ちゃんどうして手をつないでいるの」と付き添いのご婦人に聞くと、「叔父ちゃんは目が見えないの」とご婦人は、女の子に話をしている。
女の子は、「何故に、どうして、なんで目が見えないの」みたいなことをしきりに、ご婦人に聞いている。
ご婦人が言った、「○○ちゃんもいい子にしていないと、あの叔父ちゃんみたいに、目が見えなくなっちゃうよ」。
僕は我が耳を疑いたくなった。
女の子、「あの叔父ちゃん悪いことしたの?ねえねえ?どんな悪いことしたの?ねえ?お婆ちゃん」・・・僕はそんなやり取りを背中で聞いて診察室へと入った。

失敗から学んだ白杖なバラード

肌に感じる風はもうすっかり秋だ。この季節になると思い出すことがある。まだ、この目に視力が残っていた頃の失敗を。前にも書いたがちょっと見えていると白杖など持つことはおっくうで、気恥ずかしかったりするものだ。半盲とはそんなものだ。
話は親元を離れて関西で働いていた青臭い頃のことで、ピンクレディーがペッパー警部で華やかにデビューした当時の話である。高校を卒業したての僕は、白杖を持つことが気恥ずかしいというより、周囲から「目の悪い人」と見られることが嫌だった。そうした浅はかなことから目に障害のあることを必死で隠したり、外出するにも白杖を持たなかった。
その日は当時つき合っていた健常者の彼女の運転でドライブをした。ドライブインでトイレ休憩をして車に戻った僕が何のためらいもなく助手席のドアを開けると何となく雰囲気が違う。助手席に彼女より綺麗な女性が座っていて、その人と目があった瞬間、「きゃー!」とその人が大きな悲鳴を上げた。
僕は同じ色形の車のドアを開けてしまったのだ。それに築いて、「車を間違えました」、そう言うと僕は即座にドアを閉めて、その場からそそくさと立ち去ろうと足早に歩き出すと運転席から、だぼシャツを着たパンチパーマの男が降りてきた。どう見てもヤ○ザである。
僕は過去にも苦い経験があったので、その男に、僕が半盲であることを告げて車を間違えてドアを開けてしまったことを必死で謝った。男は聞く耳をもたない。見た目は健常者と変わらない僕、ましてや僕もリーゼントにスカジャン、そんな格好だ。目が悪いから車を間違えたなどという理屈は通じるわけもない。
男は血が上って僕がアベック狩りを仕掛けたものだとばかり思いこんで、「落とし前をつけろ」の一点張りだ。話にならない。僕はポケットから身○者手帳を出して男に見せて、本当に目の悪いことを説明したが、「そんなものは理由になるかい、ボケ」と手帳は破り捨てられた。
男は、「お前が連れている女の車のところへ連れていけ」と言う。連れて行くもない、彼女の車はすぐ隣に止まっていて中で彼女が震えてた。男は彼女には何もちょっかいを出すことはなかったが、僕への怒りは収まらない。「ちょっと顔をかせ」、男はそう言って僕を建物の裏手についてくるようにと歩き出した。僕はそんな男の後をビビりながらついていった。
その途中のことだ。緊張して歩いていた僕は車止めにけつまずいて前のめりに転んでしまった。おでこをアスファルトに強打して額が切れて流血した。ひざまづいて俯いてアスファルトにポタポタと垂れる自分の血を見て僕は、情けなくて泣きそうになったが歯を食いしばって涙をこらえた。
男はそんな僕を見下ろし、「兄ちゃん、ほんまに目、悪いんやな」と苦笑した。そこに助手席にいた女性が、僕の彼女と一緒に駆けてきて、「貴方、そのへんで勘弁してあげて!」と、男に言った。
男は、「こっこいつが勝手にこけおったんや」とか、何とかかんとか言ってたけど、「兄ちゃん、目が悪いんやったら眼鏡を掛けるなり、白い棒をもたにゃあかんで」、そう僕に言って女性を連れて去っていった。そのときに一緒にいた彼女とはしばらくして別の理由でフられてしまったが、青臭く苦い思い出である。
そうした実体験のひとつから僕は、弱視やロービジョンの人にも「白杖を使うこと」を呼びかけている。
長年白杖生活をしていると本当に色んなことがある。白杖を持たずに歩いていて車に跳ねられて死んだ親友もいる。白杖を持っていたが駅ホームから転落して命を落とした知り合いも少なくない。余談になるが、僕などは、白杖を持たずにお年寄りとぶつかって怪我をさせてしまったこと、散歩中の犬のリードが見えなくて、それにつまずいてトラブルになったこともある。
思いおこせば白杖を持っていればよかった、持っていて助かったことの方がはるかに多い。最近、弱視やロービジョンの人たちへの誤解や偏見をよく耳にするが、こんなジジイのお節介がましい話から、「全盲だけではなくて、少し見えにくい弱視やロービジョンの人たちも白杖を使う」ということと、白杖を携行することの意味や大切さをご理解いただけると幸いである。※文中の僕の視力は片目0.2。もう片方は義眼でした。その視力だと日常の生活にはとくに不自由はなかったですし、人の顔も見分けがつきました。大ざっぱに見えるけど、細かいものはよく見えないそんな状態でした。だからヤク○とわかったし、車止めにつまずいたのです。

馬鹿だったあの頃

年を取ると血気盛んであった遠い昔が懐かしくなるものだ。今回は僕の目に少し視力のあった、そんな頃のことを書いてみたいと思う。僕は盲学校を出るとすぐに関西の某県に就職をした。町の喫茶店の片隅に、インベーダーゲームが置いてあったそんな時代の話だ。按摩士としての腕を磨きたい、そんな思いもあったがもう一つ理由があった。それは、物心ついた頃から大好きだった、阪神タイガースを甲子園球場で応援してみたいという淡い思いがあった。
ところがである、奉公先から甲子園球場までは鈍行列車を乗り継いで三時間もかかる某県であった。仕事はきつく朝の八時から晩の九時まで働き、休みは平日一日だけだった。その奉公先には3年いたが結局、甲子園球場へは数回しか観戦に行けなかったという残念な過去が僕にはあるという、それだけの話だ。
夏が終わりチームは連敗をして、今年もいつもの定位置に落ち着いてくれた、阪神タイガースの今に、そんな遠く懐かしいことを思い出している。そういえば、その頃の僕は、白杖を持つことが気恥ずかしくて、杖を持ったり、持たなかったりしてよく色んな失敗をしたっけ、いつかそんな失敗談を書いてみたいと思う。

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全盲のお前がどうやってモブログしてんのよ

たまに「全盲のお前がどうやってブログを書いているんだ」と聞かれることがある。視力のない僕や視力の弱い人たちへのそうした疑問は当然のことだと思う。今回はそうしたことへの回答を書いてみることにする。まず僕がどうやってこの記事を書いているかというと、皆様はDOCOMOから発売されている携帯電話で、「らくらくホーン」という機種をご存じだろうか。機械操作が苦手な人やシニア向けに発売されてきたガラケイだ。僕はそれを利用して記事を書いている。
「らくらくホーン」には、音声読み上げ、音声入力機能なるものがある。最初にガラケイのダイヤルボタンの配列を思い浮かべて頂きたい。まずその機能を有効にしていれば、決定ボタンと、上下、左右ボタンを操作することで、i-modeへの接続やメール作成画面への選択が音声で操作できるようになっている。
次にi-modeに接続して表示された、webページをどうやって閲覧するかというと、例えば画面に表示された、Twitterのページを読むのには、装備されている読み上げボタンを押すことによりページのテキスト文字を音声で読み上げてくれるというわけだ。その音声は、受話口やスピーカーのどちらからでも好みで聞くことができる。
さて本題だ。どうやって文字を打ち込んでいるかというと、皆様が、ダイヤルボタンに割り当てられた文字を組み合わせて、メールを送る文章を作成する操作と同じであるが、その流れを音声で確認しながら僕は文章を書いている。それが音声入力機能である。
各ダイヤルボタンには五十音に英数字が割り当てられている。ダイヤルボタンの1を一回押すと、「あ」と音声が読み上げる。続けると、「いうえお」と音声が読み上げていく。音声でそうした作業を確認しながら皆様がメールを打つのと同じ要領で、文章を仕上げるのである。
文字変換はというと、例えば「今日は快晴」という文字を変換するとする、ひらがな入力で、きょうはと打ち込んで変換ボタンを雄と「今の今(こん)、日曜日の日(にち)」と音声で漢字の意味が確認できるのである。快晴は、「快いの快(かい)、晴れの晴(せい)「である。
最後に仕上がった文章を音声読み上げボタンで確認して、作業は終わりである。スマホの音声認識画面に向かってしゃべるより、はるかに早いし、このやりかたが快適だと思う。朝から、これだけの文章を作るのに、音声認識ソフトに向かって、しゃべっていたら女房に、「やかましい」とどやされることは間違いないだろう。
さて、こんな回答であるが、全盲の僕たちがどうやってインターネットやメールのやり取りをしているかおわかり戴けただろうか。もし説明が不十分であれば、視覚障害者、音声、携帯、パソコンでググって見てほしい。
音声ソフトがインストールされたパソコンを利用すれば、僕のやりかたよりもっと素早く快適に視覚障害者でもインターネットを手軽に楽しめるということと、画面を白黒反転にすることで弱視の人たちも目に負荷を感じることなく画面を閲覧できるということを付け加えておきます。
かく言う僕は、音声パソコンを開くことがおっくうで、無精なそんなジジイである。

視覚障害者あるある PART4

さくっと視覚障害者にありがちな「あるある」を書いてみます。
・みんなで揃って記念写真、「ハ~イ、皆さん、私の声のする方に顔を向けてくださ~い。こちらこちら」のひと声に一斉にカメラマンの声のする方に顔を向ける。
・友達からその時に写した写メを添付したメールが届いたけど、全盲の人は見ることができないのでちょっと寂しい。
・夜、突然の停電で懐中電灯を探してあたふたする健常者を横目に、慣れた家の中を余裕で歩いてどや顔。
・ロービジョンとか弱視の人、食券の自動券売機は文字が小さいのでちょっと苦手。
・視野狭窄の人は、ひとつひとつのボタンの文字は見えるけど全体が五円玉の穴くらいの視界に入らないので困惑。
・えと、カツカレー、カツカレーのボタンはどこだ、探していると、後ろに並んでいる人に、早くしてよ、みたいな感じで舌打ちされて焦る焦る。
・もうこれでいいや!と買った食券を店の人に渡したら、「はいこれ」とゆで卵を一個手渡されて、間違ったことに築いて意気消沈、どうもお釣りも多いわけだ。
・ロービジョンの人、初対面の人と挨拶を交わしている時に相手が差し出す握手の手に気づかず不思議がられる。
・弱視の人、町を歩いていたらいきなり怖い兄ちゃんに、「俺の顔に何かついてるのか、ごりゃ」とどやされる。目が合ったことにまったく気づいてなかったし、全力で謝る。

・全盲の人、ぶつかった人に、こちらから先に謝ったけど、相手とは違う方向に頭を下げて、「謝っていない」と誤解される。
・今度は向き直って相手の声のする位置に顔を合わせて、きちんと謝ってみたけど、許してもらえたかな・・・なんだか切ない。

・「謝る」といえば、白杖の先を道行く人の足にでもふつけてしまったかと思い、速攻謝るとゴミ出し日に出された道ばたのゴミ袋だった。
・肩が誰かにぶつかつた、速攻謝っても返事がないので周りを確認してみたら電信柱だとわかって意気消沈。
・弱視の人、電信柱に何か張り紙がしてあって、どんなことが書いてあるのかと、顔を近づけてみたら、「挨拶から始まる明るい町作り」と書かれたポスターだった。
こんなことがあっても僕らは、今日もこうして明るく生きている。

チキンな白杖使いと朝の出来事

朝の川越駅で白杖のトラブルから全盲少女が蹴られる事件を耳にして、うちの家族はみな悲痛な思いでいる。全盲の女房は、さぞ怖かっただろうにと少女の心の傷を心配し、視野狭窄で弱視の長男は、世も末だ、そう言って口をつぐんでしまい、長女は、人ごとじゃないよとおびえていた。
そして、僕はと言えば事件があった翌日は、白杖を突いて外に出る気持ちになれずに、その日は家に閉じこもってしまった。
チキンな僕である。「全盲は電車に乗るな」、「白杖を振って歩くな」、Twitterで耳にした被害者の少女を中傷するそんな心ないツイートが、白杖歴数十年になる、こんな僕にも重く突き刺さっていた。
この朝は気持ちを切り替えて仕事に出た。歩き慣れた道、最寄りの駅ですれ違う人から僕も「めんどくさい奴」、そう見られているのかなと思うと体が震えて嫌な脂汗が流れた。
駅舎に入ると修学旅行に出発する学生達でごった返してた。僕は、いつもならどうってことないそんな人混みに、ちょっと緊張しつつ、白杖の振りをチョンチョンと小さくして点字ブロックから外れないように進んだ。
「ごめんね、ちょっと道を開けてくれるかな」、僕はそう何度も声を掛けて人混みに困惑していると、引率の男性教師らしき人が大きな声を上げる。「白い杖の人が通るから、ほら、みんな端によけなさい」、よほど怖がられている教師なのだろうか、その一言で一気に道が開けて点字ブロックが顔を出した。

「有り難う」、僕は学生達にそう何度も頭を下げながら改札に向かった。そんな僕に、左右によけてくれた学生達から、「お早うございます」、「気をつけてください」、「こんにちは」と次々に、あちらこちらから数え切れない元気な声。
照れくさかったけど、素直にうれしくて泣きそうになって、そんな学生達の振る舞いに世の中まだまだ捨てたもんじゃないなと思った。そしてそれまでの心のもやもやが取れて僕の重い気持ちも晴れていった。
あの学生達が一人になった時、大人になった説き、町で体の不自由な人を見かけたら優しく見守れて、何かあった時に手をさしのべられる人でいてほしい、僕はそう神様に願った。
被害にあった全盲の少女には、「強く生きて行こうね」、そう声を掛けてあげたい。点字本に点字板を入れた鞄ってけっこう重いんだよね、毎日の通学は大変だろうけど先輩達もみんな、そうして強くなった、頑張れ少女。
さぁ、次回は明るく「視覚障害者あるある」を書いてみましょうかぁ。

掴まれた腕 2

町の小さな親切に感謝の気持ちを忘れずにいたり、物事に謙虚な気持ちでいると、世の中そうは住みにくくない。見た目はちょいといかつい、こんな五十路の僕にだって親切にしてくれる人はけっこういる。でもそんな心がけをしていても一度だけ切れてしまったことがある。
その朝がそうだった。通勤の路地で工事をしていて、そこに差し掛かった時にいきなり誰かに無言で腕をむんずと掴まれて引きずられたのだ。けっこう強い力だった。

「はなせよ」、「危ないんですよ」、僕とそいつはちょいとした口論になった。そこに工事の責任者だという男が割って入ってきた。「何があったんですか」、男が言った。
僕はいきなり腕を掴まれて驚いたこと、先に声を掛けてほしかった思いを話した。僕の腕を掴んだのは、ガードマンで、どう声を掛けてよいやらわからなかった、止めているのに、僕が無理矢理通ろうとしたと主張する。
話を黙って聞いていた男が口を開く、「あれHさんでねえの、俺、息子さんの同級のAっす」、驚いた!息子が小さい頃によく家に遊びに来たAだ。
Aとは20年ぶりくらいの再会だ。田舎ならではのそんな展開に、その場の雰囲気も和やかになっていき、事態は終息に向かったのであった。

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掴まれた腕

白杖を突いて歩いているときに一度だけ声を荒げたことがある。その朝もいつものように住宅街の路地を進んで職場へ向かっていた。太陽の日差しが頬に心地よい朝の出来事だ。。
ひとつ路地を曲がった先で道路工事をしていた。重機を動かす音がするので目の見えんもんでもそんな情景はわかるものだ。
さて困った、このまま道ばたを進んでいいものか、引き返そうか、足を止めていると、杖を持った僕の腕を誰かに、いきなりむんずと掴まれた。けっこう強い力だ。
腕を掴んだそいつは、僕をズルズルと引きずるように元きた方向に戻そうとしている。
「誰だよ、アンタ、いきなり失礼じゃないか!はなせよ」、僕はまるで汚い物扱いされたような気がして、どうにも押さえられず声を荒げてしまった。
それでも掴んだ腕をはなそうともしないそいつに、「はなせよ!」、僕はそう語気を強めて続けた。そいつが初めて口を開いた、「危ないんですよ」。
なら、最初にそう声を掛けるのが筋だ。目の見えない見えるなどは関係ない。誰だっていきなり体に触られたら驚くものだ。
煙草くさいそいつと、ちょっとした口論になった。そんなところに工事の責任者だという男が割って入った。
そして思わぬ展開に→

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タッ君と盲導犬

姉の家で、姉家族と同居しているお袋の肩揉みをしているところに、姪っ子が5歳になったばかりの男の子を連れて遊びに来た。
可愛い孫とひ孫の来訪にお袋の様子も部屋の空気も一気に明るくなる。横になって僕に肩揉みしてもらっているお袋に、どかどかと部屋に上がってきたひ孫のタッ君が飛びついてくる。
「これママに買ってもらったんだよぉ」、おもちゃを嬉しそうにみんなに見せびらかすタッ君。「こらぁ!ご挨拶が先でしょう」、姪っ子が言う。
「バーバー、叔父ちゃん、こんにちは」と、ちゃんとご挨拶してくれるタッ君、可愛いものだ。
リビングのテーブルを囲んで大人たちは、お茶。タッ君はと言えば姉のところで飼われているチワワと遊んでいる。
大人たちはと言えば、そんな無邪気なタッ君を見守りながら雑談をする、何とも幸せな瞬間だ。
「グッド、ストレート、ドア」、タッ君がチワワに何やら命令している。
姉が「何のお遊びしているの」と尋ねると、
「この犬を叔父ちゃんの盲導犬に育てるの」と、タッ君が真顔出言う。
無理無理、絶対無理と笑う大人たちに、「盲導犬にするの」と、言い張るタッ君。
大人たちは苦笑しながら涙腺が崩壊してしまった。

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もしもを一度だけ言えるなら

姉の家に同居しているお袋の肩揉みしてきた。今年83歳になる僕の母親だ。物忘れは仕方ないが足腰は、まだまだ達者で暇さえあれば庭いじりをしている。
小さくなった肩を揉みながらお袋の昔話を聞くことを僕は親孝行のひとつにしている。お袋は何度も同じ話をする。僕が生まれた時のことや家族旅行の思い出、他界した親父のことをよく話す。
僕は何度も聞かされるそんな話に相槌を打ちながら肩を揉む。
そんなところに姉が、「お母さんまた同じ話をして」と、強い物言いで口をはさむ。
面倒見もよく優しく温厚な姉なのだが同居していると介護のストレスもあるのだろう。
僕はそんな姉に、「お袋のこと色々押しつけて悪いな」と母と同居できない後ろめたさを伝える。
お袋はそんな姉弟のやり取りに遠くなった耳を傾けて、「早くとうちゃんに迎えに来てもらおうね~」、そう、ぽつりと言う。
しばらくみんなして黙り込んでいると、お袋の補聴器がピーッと鳴った。

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視覚障害者あるある 3

さくっと視覚障害者にありがちな日常の「あるある」を今回は、いくつか書いてみることにする。
・24時間テレビが放送された後の数日は、町で「何かお手伝いすることありますか」、と声を掛けられることが一時的に多くなる。
・「お手伝いしましょうか」、そう声を掛けられても時にそんなに困ってないこともあるが、せっかくの善意だからと快く手を貸してもらう。
・街頭での選挙運動、沢山の支持者が歩道の点字ブロックをふさいで通せんぼ、先に進めない。
・大音響で福祉の充実を叫ぶ候補者、その音に信号機の音がかきけされ交差点が渡れず困惑。
・弱視の人、自販機で飲み物を買おうとして目当ての物を探そうと、顔を近づけていくと、かぶっていた帽子のツバがボタンをつついて飲みたくない物が出てきて意気消沈。
・弱視の人、道ばたで、溝かと思って飛び越えたそれは、電信柱の陰だった。
・白杖で歩いている時にいきなり誰かに無言で腕を捕まれて、引っ張られて、誘導される恐怖は半端ない!触れる前にひと声掛けてほしい。
・行きつけのラーメン屋、自動ドアが開いて中に入ると何か変。「アパートをお探しですか」と店の人、そこは数件隣の不動産屋だと気づいて赤面。
・昼どきランチ、メニューを連れに読み上げてもらっていると傍らでピッピッピと音がして、バイト君が読んだもの全部オーダー入力してた。
・・目の見えない人同士の待ち合わせ。白杖の先をコツコツとさせて待ちぼうけ・・・相手に自分はココと合図を示している図。
・いい加減待ちくたびれて電話してみるとベルの鳴ったその近さにお互い爆笑・・・会えてよかった。
・電車で隣に座ってきた人、なんかいい匂い、どんな人かなと妄想をふくらませてドキドキ。
・お風呂タイム、入浴剤のバブと間違えて、丸い卵スープの素を湯船にほりこんでしまって意気消沈。
・朝の歯ブラシ、歯磨き粉と洗顔クリームを間違えたそれをブラシにつけて歯磨きして悶絶!
・朝の電車、席を譲ってくれた人にお礼を言おうとしたけど、譲ってくれた人がどこにいるのかわからない。車内の空間に向かって「有り難うございました」、そう言って電車を降りた。
今日も僕らは明るく生きている。

最近の僕と代○木公園

最近の僕のことを書いてみたいと思う。前のブログから僕のお話を聞いてくださっていた皆様はご存じかと思うが僕は、3年前にそれまでの人生を見てきた、右目も失明してしまった。
その後、眼病からくる眼球の痛みに苦しめられる日々が続くことになる。去年辺りから仕事も手につかないほどの眼球の痛みに苦しめられていた。
そして悩んだあげく、この6月に義眼にするための手術を受けた。今後の仕事や生活を快適にするための手術だった。そんなわけで僕は両目とも義眼の全盲になったわけだ。
不自由はないと言えば嘘になるが、それまで苦しめられた眼球の痛みから解放されて日常を穏やかに過ごしている。
プロフィールの写真にあるように僕は、ランニングを趣味にしている。全盲の僕がどうやって走るかといえば、幾つか前の記事に書いたのでそちらを見てほしい。
昨日はそんな趣味のランニングを久々に満喫してきた。
某都内の大きな公園、天狗が出そうな広々とした高遠だ。いつもより人影まばらな園内の周回コースを伴走者と時間を忘れて合計約30Km走った。
消毒が済んだ後とはいえ、その後の事態の拡大にちょっと困惑している、発症したらどうするよ、僕。

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プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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