お役所仕事

このブログを古くから見てくれている人は、ご承知かと思いますが、僕が通勤の道で直面する音響信号機がない交差点のことをこのブログを通して、お話ししてきました。
もう一度おさらいするとその交差点は、県道と二つの指導が交わった五叉路の交差点です。
もっとわかりやすくいうとG県の県道とF市とT市の二つの指導が交わっている交差点です。
長い期間の工事を終えて、その交差点の一角に最近、コンビニができてさらに危険度が増しました。
つい最近のことです。交差点を左折する車が赤信号を避けてコンビニの駐車場を通り抜けていきました。
わかりやすくいうと赤信号を待てない車が車線左側にあるコンビニの駐車場に進入し、信号をショートカットしたわけです。
その車に歩道を歩いていた僕は、危うく引かれるところでした。
その車は、僕の白杖の先に車体の一部をこつんとぶつけ走り抜けていきました。
悪筆なドライバー以前に、目の見えない人がそんな場面に遭遇したときは恐怖を通り越した絶望感に襲われます。
最近の車は音も静かになりましたから事前に車の気配を察知して身構えることも難しくなりましたし、年並に僕の反射神経も衰えていますから。
加えてどんな車かわからないし、ナンバーもわかりません。
そんな危険なことがあったので再び役所に電話してみたんです。
T市とF市の担当者も警察のお巡りさんの回答は、「音響信号機の設置をG県の方には要望してあるんですけどねー。もうしばらく待ってみてください」とか云々。
いつも答えは一緒です。音響信号機の設置をお願いした四年前と同じです。何一つかわっていません。
僕は、今日もその交差点へ白杖を向ける。
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故郷

古い話をします。
山間の町で育った僕は子供同士で遊んでいるときに、どうして自分だけ皆と同じことができないのだろうとよく思ったものだ。
田んぼのあぜ道を駆け回っていたときに、僕だけ小川に落ちたりした。
土管が空き地の端っこに置いてある広場で、野球をしたときも僕はへたくそだった。
鬼ごっこをしたときには、肥溜に落ちてウンコまみれになったこともある。
黒板の文字は見えなかったし、教科書の文字は見えにくかった。
ある日、母につれられて目医者に行ったときに、僕は目が悪いことを初めて知らされた。
強度の弱視ということで大した強制はできなかったようだが眼鏡をつくってもらった。
わずかに視力がよくなったことに僕は浮かれたものだ。
そんな僕だったが周りの友人たちと同等のことはできるわけもなかった。
それでも負けず嫌いな僕は何にでも挑戦した。
勉強だけはあまりしなかったことはいうまでもない。
周りの友人たちも僕を特別扱いしなかったし、皆で同じ夕焼けを追いかけたものだ。
素朴で汚れを知らない町の人々や友人たち。おとぎ話に出てくるような山間の町。
今は、過疎化が進んで年寄りばかりの町になってしまった。
今は、僕も年を取ってしまって全盲になったけどよくそんな頃の夢を見る。この年になってまでそんな記憶を残してくれる故郷が懐かしい。

タンデムとオッサンと日曜日

久しぶりに何の予定もなかった日曜日。春爛漫、朝から外はいい天気。
アルミの窓から差し込む柔らかな日差しを恨めしく感じる。
伴走者と予定が合わず走りにいけないのである。
こんなときに限って体調がすこぶるいいものだ。
部屋の中に閉じこもっていては男がすたると外へ出ることにした。
といっても白杖を携えてウォーキングをする気にもならない。花粉が恐ろしいからである。
伴走者と走ったとしても同じだろうに、この辺りが僕の都合のいいところだ。
タンデムってご存じだろうか。二人乗り自転車のことである。
冬の間シートをかぶっていたタンデムの洗車をすることにした。
シートをはぐとフレームは埃まみれである。
埃を拭き取ってからワックスをかけてやった。
乾いた布で、フレームやらタイヤのスポークをピッカピッカに磨き上げた。
綺麗になったところで、僕一人では、走らせることができないので、元の位置に戻してシートを掛けてやった。
ランニングもタンデムも伴走者の力を借りないとできないもどかしさにため息が出た。
がしかし、タンデムがあったから庭へも出る気持ちになったのだからよしとしよう。ありがたいことだ。
タンデムといえば、まだまだ認知度が低くこの地域での協力者は皆無に等しい。
タンデムの楽しさや魅力をどうみんなに伝えていこう。
どう協力者を募っていこうか、そんなことを改めて考えさせられた日曜日である。

春だというのに走れない

ここ数日は、外で走る機会に恵まれないでいた。
この週末も伴走者が確保できなかった。
次に走れることがわかっているのは一週間五である。
理由は大会シーズンと年度替わりの繁忙期の関係で、いつものパートナーと予定が合わないからである。
まるまる二週間、外で体を動かすことはできないけれど、こうしたことには慣れたものだ。
都心へ赴き公園の練習会に顔を出せば誰かしら走らせてくれるが、今回はやめておいた。
走れる人をうらやむことはないけれど、こうしたときに好きなときに好きだけ走りにいけた頃の僕自身が恋しくなる。
冬の間は朝起きるのがつらいから前の晩に、走りにいく身なりに着替えておいて、寝床に潜り込んだものだ。
目覚ましが鳴ったら、飛び起きてそのまま走りに往けばよいというわけだ。
澄んだ空気に昇る朝日は幻想的だったなぁ。
呼吸する度に、吐き出す白い息は蒸気機関車みたいやった。
朝のランニングで着込んでいるものが一枚ずつ薄着になることで季節を感じたものだ・
そして今頃は、かつての僕のランニングコースの道ばたには菜の花が咲き乱れていることだろう。

春なのに・・・

冬の間軒下に格納してあったタンデム自転車のシートを剥いでみたら子猫が死んでいた。
手の平に載るくらいの小さな子猫。
もう干からびていて、その亡骸は堅くなってた。
生後二ヶ月くらいだろうか?おそらくは越冬できなかったのだろう。
庭の隅っこの日当たりのいい場所を選んで、その子のお墓を着くってあげた。
小石を積んで庭先に咲いていたスイセンをつんで添えてあげた。
僕は、手の平を合わせてその子に語りかけた。
ずうっと日も当たらないところにいて寒かっただろうに。ここは温かいかい。
お前は体が弱くて母親のお乳もろくに飲むことができなかったのかい。
寒さに逃れるようにシートの下に潜り込んだんだよな。
お前は、誰にも見取られずにめされたんだね。
速く気付いてあげられなくてごめんね。
そう語りかけて、僕は、顔を上げた。
生きていたらいいこともあっただろうに。いや、色々騒がれているこの世の中だから、これでよかったのかもと思った。
もう春なのになぁ・・・
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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