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つまづいて立ち止まって駈け抜けたこの一年

このところこのBLOGの更新も滞りがち。僕も歳なのかとも思う、いや歳を理由にするようでは、まだまだ未熟なのかも知れない。
今年も早い物でもう12月、振り返ると心折れそうになった一念だったように思う。
4月に彩湖で開催されたフルマラソンを完走したまではよかったんだけれど、以降は思うように走れなくてモチベーションを保つのが大変だった。
というのは、来年の長野マラソンを目標に伴走者と二人三脚で練習を重ねたんだけど、その度に体調を崩していた。
この夏は厳しい酷暑だったこともあるけど熱中症を数回経験した。ときには点滴を受ける始末。
伴走者に申し訳ないという気持ちと、思うようにならない体のストレスが貯まって胃に穴が空いた。仕事の心労も重なって本当に苦しかった。
僕は、体調不良を理由に数年前に一端は、競技をやめているんです。
近年もう一度フルマラソンを走ってみたいという気持ちが芽生えて、1度は挫折したスタートラインに立ちました。
暗い話で申し訳ないけどそれは、競技を辞めた当時の僕より、さらに惨めな自分との出会いでした。
人は、もっと飯を食えとか、最後は気力だとか気合いだとかいうけれど、25年もランニングを続けているんだから人に言われなくても十分わかっている。
それができるようなら競技をやめてなかったし。
フルマラソンをもう一度走ってみたいという思いは、未だに叶ってないけれど、夢をあきらめたわけではないし、こんなボロボロに打ちのめされても僕は、走り続けている。
今更持病を理由にはしないけど、走れないことは自分の努力が足りないのかと思っている。
こんなジジイも持病や障害に真っ向勝負しているんです。
今、何らかの理由で立ち止まったり、悩みを抱えている人が居たら、少しだけ前を向いていてください。いつか目の前に勇気や希望が跳び込んでくるはずです。
僕は、そう思います。今年も余すところもうわずか、ガッツでいこう。
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那覇マラソンを走ってきたけれど

第34回那覇マラソンを走ってきました。今回で6回目の参加です。
当日のお天気は雲の隙間から時折でかい太陽が顔を覗かせる、気温26℃の天候でした。
伴走をお願いしたKさん🚹(70歳)とスタート待ちの整列に並んでいるだけでじんわりと汗ばんできます。僕らは28000人の群衆に飲み込まれるようにスタートしました。
さほど速くはないけれどラッシュアワーの群衆が一斉に走り出したような感じです。
沿道の両脇からエイサーの太鼓に合わせた掛け声や鳴り物を使った応援が絶え間なく続きます。
5kmも過ぎないうちに球のような汗が噴き出してくる。Kさんは、混雑からだろうか、それとも暑さからだろうか、前に進むだけで精一杯の伴走。。
そんなことから僕は、いつものKさんと違い、Kさんの体長がよくないことに気付いてました。
距離を増すごとにKさんは蛇行したり立ち止まったりするようになりました。混雑の走路ですから僕も余力を使いますし、周囲のランナーとの接触が増えてきました。
13Km過ぎの沿道で休憩していたKさんが、「伴走を変わってもらえませんか」と僕がよろこびそうな若い女性ランナーに声を掛けると、その子が引きうけてくれました。
伴走者と選手は一心同体。いつもの僕なら迷わずKさんと最後まで走ることを選ぶのだけれど、「完走」したい願望を優先してしまったのです。
僕は、Kさんを見捨てるような心もちで伴走を変わってくれた女性と走りました。
その方は、地元の人でご主人と二人で参加していると言ってました。
しかしベテランの伴走者でも混雑の那覇マラソンのコースを伴走するのは容易なことではないので、伴走未経験の彼女には、限界があります。
1kmくらい過ぎた辺りで、彼女が「何方か伴走を変わってもらえませんか」と通りすがりのランナー達に声を掛けてくれると、元気な女性が「私にやらせてください」と伴走を変わってくれました。
二人目の彼女は、「道を空けてください」と走路をふさぐランナー達に声を掛けながらロープを引いてくれましたがペース配分が中々合わず苦労しました。
その彼女も1Km過ぎた辺りで、メディカルランナーの男性に伴走を頼んでくれました。
三人目の彼も勿論、初対面で伴走未経験ですが気持ち良く伴走を変わってくれたのです。
僕のどうしても完走したいという思いを優先していると周囲のランナーに迷惑を掛けていることに心も痛み始めた僕もいました。
初めて伴走する人たちですから悪気はなくとも次から継ぎにと僕を付近のランナーに追突させてしまうのです。
その彼が四人目のランナーに声を掛けてくれたのがやっと伴走経験者の男性でした。
その彼は、沖縄伴走ネットワークの男性でした。
しかし、スタートから暑さと混雑の走路で色んなストレスを感じていた僕の体は悲鳴をあげていました。
中間地点の平和祈念公園に到着したときには、僕の両耳にエコーが掛かり、脱水症状も出始めてました。ハーフの距離を二時間45分で通過しました。
伴走ネットワークの彼は、フーニイといったかなぁ?気遣いもロープワークもなかなかのもので伴走の上手な方でした。
キロ7分をキープしていたペースは8分に落ちて、歩きと走りを繰り返して距離を進めました。
僕は、もっと早く彼と出会えていたらとか、こんな状態のまま、初対面の彼にずうっと伴走をさせてよいものか迷いました。
その結論は、25km地点に救護所があることを思い出して、そこでDNFすることにしました。
そのまま歩いても完走できた時間だったけれど、彼やほかのランナーにこれ以上迷惑を掛けられないし、自分の健康を考えてのことに間違いはなかったと思う。
それに伴走をしてくれた四人もそうでない人も、みんな自分が完走することに必死なんだもの。
最後に、全盲の僕がそこからどうやって帰ったか聞いてください。
救護所のスタッフがリタイアバスを手配してくれたのです。濡れたウエアで長い時間バスを待ちましたがバスタオルを肩に掛けて貰いました。
バスが来るとそこまでスタッフが僕を手引きしてくれましたっけ。
バスがゴール会場に着くと違うスタッフの方が待っていてくださり、みんなが待つ陣地まで連れて行ってくれたのでした。
長くなりましたが出合った人たちの善意に優しさが美しく、僕の心に残りました。
僕のしたことは間違いだったのかと自問自答していますが、ここまで読んでいただいた皆さまに感謝を伝え報告を終わります。

おせっかいなオッサン

仕事でも趣味でも何でもそうだけど長く続けることは大変だし、継続することは凄いと思う。
なんでそんな書き出しかというと僕が所属するランモード群馬のホームページがもう長いこと更新されない。
管理してくれている人は、勿論メンバーだがその人と音信が途絶えてしまっている。
会長が何どもメールしても返信がないし、その人と交流のある友人達に尋ねてもその人たちも音信がないという。
何らかのトラブルがあったのだろうかみんなが心配している。Kさんはこの記事を見てくれていたらMLでもいいから連絡してほしい。
さて、IT時代の現在は、ホームページは会社でもクラブにおいても貴重な情報の発信源でもあり看板といっても過言ではない。
そんなホームページが長いことほっぽらかしになっていたら、この会社もしくは、クラブはどうなっているのかと不信を抱いてしまう。
そこで僕は、ランモード群馬の活動の様子くらいは発信できないか?せっかく仲間が頑張っているんだからその様子を知ってほしいと考えてみた。
僕は、こう見えてもランモードを立ち上げたときからホームページの管理を十五年続けてきた経験がある。失明をしたので現在の管理者に後継を委ねたが。
僕は、経験から手軽に出来るFacebookページを開設してみた。
あくまでも休止状態にあるホームページのリカバリーであって、Facebookページは既存のホームページとは違う物だ。
おせっかいなことだろうか?メンバーが増えると色んな琴をいう人が出てくる。総会で許可を得てからやってくれだの、勝手なことは許されないみたいな。面倒な世の中である。
僕は、ランモード群馬の活動から一線をひいて、顧問の位置にあるがランモードを愛しているし、頑張っている仲間が大好きだ。
僕は、居ても経ってもいられないおせっかいなジジイである。
そして、音信が途絶えているKさんやそのご家族が温和で元気でおられることを心から願っている。
ランモード群馬Facebookページ https://www.facebook.com/runma97/

点字ブロックをふさいだ車

音響信号機がつかない通勤途中の交叉点、あれからのお話です。
結論からご報告すると未だに音響信号機は設置されては居ません。
個人的に警察や行政に働きかけてもう6年になります。皆様、どう思われます?
田舎の小さな町ゆえ視覚障害者の団体はなく個人でしか設置の働きが出来ないのです。
市会議員にお願いしてみてはの皆様からのアドバイスはすでにご相談済みなのです。
今回は、警察や行政にとやかくいうつもりはないです。
代わりに視覚障害者が音響信号機がないとどんなことに苦労して、どんな努力をしているのかを聞いて下さい。
まず当たり前のことだけれど信号が変わったことがわかりませんよね。車が停止した気配で判断して横断するのです。
その車が赤信号で停止した気配は時に、コンビニの駐車場に止まった配送トラックのアイドリングの音や歩道の植え込みを刈る機械の音に掻き消されてしまうのです。
最近は、ハイブリット車が増えたこともあって車の音が静かに鳴りましたからよほど耳をダンボにしていないと危険なめに合います。
その対策は、信号が変わる間隔を数で数えるのです。口にはしませんが頭の中で75回数えると信号が青になることを学習しました。
つい最近、こんなことがありました。
歩道をその交差点に向かって進んでいくとコンビニ前の歩道の点字ブロックを一台の車がふさいでいました。
僕は、その車の気配に気付かず停止している車に体当たりしました。
車の窓ガラスが開きドライバーに、「危ないぞ」と怒られてしまいました。
要するにコンビニの駐車場から車道へ出る車が歩道上で信号待ちをしていたわけです。
幸い僕にも怪我はなく相手の車を白杖で傷つけることはなかったけれど、理不尽なことだなと感じました。
皆様もこんな瞬間にお気をつけてくださいませ。

仮装ランのヒント

最近は、どのランニング大会でも仮装をして走るランナーを目にするようになりました。
僕はこうみえてもかつては、仮装の天才と呼ばれたランナーだったんです。
仮装大賞が設けられている大会では様々な賞をいただいたことは、今となってはよい思い出です。
僕にはこだわりがあって、身の回りのちょっとした物を利用したお金を掛けない仮装でした。
麦わら帽子やダンボールを使った甲冑を制作するのが得意でした。
前置きが長くなったけど、そんな僕が審査員や沿道の観客に受ける仮装のコツを教えましょう。
まずなんといっても扮したキャラクターになりきることでしょう。照れがあったり、遠慮なんかしたらまず賞はもらえないと思った方がいいです。
市販の衣装でも手作りの仮装でもこのパフォーマンスをするとしないでは大違いです。
どんな仮装が受けるかというと最近は、大掛かりな物や手のこんでいて、ハイレベルになりました。そうした仮装の達人と同等のものを作るには、手間暇がかかります。
だから日常のちょっとした瞬間を仮装にしてしまうんです。
例えば、朝のゴミを出しに行くリーマンや主婦に扮してみるのはどうでしょう。
ゴミを出すときのポリ袋に適当な物を積めます。衣装は割烹着を着た昭和風の主婦でもよれよれのスーツを着たさえないリーマンでもなんでもいいです。
ゴミを出しに行く自分になりきってゴミ袋を下げてひたすら走るのです。
そのさいには、沿道の人々をご近所さんに見立てて、必ず「おはようございます」と挨拶するのです。
僕は、たったこれだけのパフォーマンスで仮装大賞をいただけました。話は変わって視覚障害者と伴走者となるとむずかしいですね。二人でするものだから関連した仮装でないといけません。

例えば、郵便ポストと配達のお兄さん。羊と羊飼い。婦人警官と迷子の園児。犬のお巡りさんと迷子の子猫。熊と金太郎なんかはどうでしょう。
腹巻きにステテコの親父と割烹着の女房といった昭和の夫婦で賞をもらったこともありましたよ。何はともあれ参考にしてもらえたら幸いです。
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

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