FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

交差点戦争 1時休戦

皆さま、またまたブログの更新が届こうってしまいました。
ちょいと体調を崩していました。
さて、前の記事でお話した例の交差点(ローソン高崎市新町店前)に音響信号機を設置してほしい要望を再びしました。
音響信号機の管轄は警察にあるので、藤岡市と高崎市の警察に設置のお願いをしてきました。
また、役所の方からも警察に話してほしいので県の窓口にも相談してみました。
皆様からアドバイスのあった、市会議員にお願いしてみては、という案件はすでにお願いをしてあるんです。
警察や役所の手応えとしては、毎回毎回同じ説明、同じ対応ですわ。
警察や役所の応対はいつも、話しておきます。ちょっと待ってみてください。何度聞かされたことか。
警察と県と二つの市が問題を押しつけ合っている体質は変わっていませんね。
通勤途中だから職場で送迎をしてもらったらという意見を友人から言われました。
そうしてしまえば僕の通勤の問題は解決します。
しかし、論点は、通勤以外にも交差点を渡りますし、僕以外の視覚障害者もこの交差点を利用するんです。
最近は、すぐにヘルパーに頼る傾向があるが僕は、それもどおかと思います。
このブログでは、僕がこの問題を数年前から書きつづってきました。
未だ何にも変わらない現実、これが地方行政のあるところなんです。
ちょっと疲れました。いつか遠い将来に音響信号機が設置されることを願い、この話題はこれを最後に終わりにします。
親身に耳を傾けてくださった皆さま、ありがとうございました。

続きを読む»

スポンサーサイト

コンビニショートカット これ当て逃げやろ

このブログを古くから見てくれている人は、ご承知かと思いますが、僕が通勤の道で直面する音響信号機がない交差点(ローソン高崎新町店前)のことをこのブログを通して、お話ししてきました。
もう一度おさらいするとその交差点は、県道と二つの指導が交わった五叉路の交差点です。
もっとわかりやすくいうと群馬県の県道と藤岡市と高崎市の二つの指導が交わっている交差点です。
長い期間の工事を終えて、その交差点の一角に最近、コンビニができてさらに危険度が増しました。
つい最近のことです。交差点を左折する車が赤信号を避けてコンビニの駐車場を通り抜けていきました。
わかりやすくいうと赤信号を待てない車が車線左側にあるコンビニの駐車場に進入し、信号をショートカットしたわけです。
その車に歩道を歩いていた僕は、危うく引かれるところでした。
その車は、僕の白杖の先に車体の一部をこつんとぶつけ走り抜けていきました。
悪筆なドライバー以前に、目の見えない人がそんな場面に遭遇したときは恐怖を通り越した絶望感に襲われます。
最近の車は音も静かになりましたから事前に車の気配を察知して身構えることも難しくなりましたし、年並に僕の反射神経も衰えていますから。
加えてどんな車かわからないし、ナンバーもわかりません。
そんな危険なことがあったので再び警察と役所に電話してみたんです。
担当者の回答は、「音響信号機の設置を担当部署には要望してあるんですけどねー。もうしばらく待ってみてください」とか云々。
いつも答えは一緒です。音響信号機の設置を交渉してきた四年前から同じです。何一つかわっていません。
僕は、今日もその交差点へ白杖を向ける。
追記
そんな苦悩な日々ですが親切な人が時々信号を渡らせてくれることがあります。
通勤の様子を動画で撮影してみました
https://m.youtube.com/watch?v=Z1ib2UHE510

故郷

古い話をします。
山間の町で育った僕は子供同士で遊んでいるときに、どうして自分だけ皆と同じことができないのだろうとよく思ったものだ。
田んぼのあぜ道を駆け回っていたときに、僕だけ小川に落ちたりした。
土管が空き地の端っこに置いてある広場で、野球をしたときも僕はへたくそだった。
鬼ごっこをしたときには、肥溜に落ちてウンコまみれになったこともある。
黒板の文字は見えなかったし、教科書の文字は見えにくかった。
ある日、母につれられて目医者に行ったときに、僕は目が悪いことを初めて知らされた。
強度の弱視ということで大した強制はできなかったようだが眼鏡をつくってもらった。
わずかに視力がよくなったことに僕は浮かれたものだ。
そんな僕だったが周りの友人たちと同等のことはできるわけもなかった。
それでも負けず嫌いな僕は何にでも挑戦した。
勉強だけはあまりしなかったことはいうまでもない。
周りの友人たちも僕を特別扱いしなかったし、皆で同じ夕焼けを追いかけたものだ。
素朴で汚れを知らない町の人々や友人たち。おとぎ話に出てくるような山間の町。
今は、過疎化が進んで年寄りばかりの町になってしまった。
今は、僕も年を取ってしまって全盲になったけどよくそんな頃の夢を見る。この年になってまでそんな記憶を残してくれる故郷が懐かしい。

タンデムとオッサンと日曜日

久しぶりに何の予定もなかった日曜日。春爛漫、朝から外はいい天気。
アルミの窓から差し込む柔らかな日差しを恨めしく感じる。
伴走者と予定が合わず走りにいけないのである。
こんなときに限って体調がすこぶるいいものだ。
部屋の中に閉じこもっていては男がすたると外へ出ることにした。
といっても白杖を携えてウォーキングをする気にもならない。花粉が恐ろしいからである。
伴走者と走ったとしても同じだろうに、この辺りが僕の都合のいいところだ。
タンデムってご存じだろうか。二人乗り自転車のことである。
冬の間シートをかぶっていたタンデムの洗車をすることにした。
シートをはぐとフレームは埃まみれである。
埃を拭き取ってからワックスをかけてやった。
乾いた布で、フレームやらタイヤのスポークをピッカピッカに磨き上げた。
綺麗になったところで、僕一人では、走らせることができないので、元の位置に戻してシートを掛けてやった。
ランニングもタンデムも伴走者の力を借りないとできないもどかしさにため息が出た。
がしかし、タンデムがあったから庭へも出る気持ちになったのだからよしとしよう。ありがたいことだ。
タンデムといえば、まだまだ認知度が低くこの地域での協力者は皆無に等しい。
タンデムの楽しさや魅力をどうみんなに伝えていこう。
どう協力者を募っていこうか、そんなことを改めて考えさせられた日曜日である。

春だというのに走れない

ここ数日は、外で走る機会に恵まれないでいた。
この週末も伴走者が確保できなかった。
次に走れることがわかっているのは一週間五である。
理由は大会シーズンと年度替わりの繁忙期の関係で、いつものパートナーと予定が合わないからである。
まるまる二週間、外で体を動かすことはできないけれど、こうしたことには慣れたものだ。
都心へ赴き公園の練習会に顔を出せば誰かしら走らせてくれるが、今回はやめておいた。
走れる人をうらやむことはないけれど、こうしたときに好きなときに好きだけ走りにいけた頃の僕自身が恋しくなる。
冬の間は朝起きるのがつらいから前の晩に、走りにいく身なりに着替えておいて、寝床に潜り込んだものだ。
目覚ましが鳴ったら、飛び起きてそのまま走りに往けばよいというわけだ。
澄んだ空気に昇る朝日は幻想的だったなぁ。
呼吸する度に、吐き出す白い息は蒸気機関車みたいやった。
朝のランニングで着込んでいるものが一枚ずつ薄着になることで季節を感じたものだ・
そして今頃は、かつての僕のランニングコースの道ばたには菜の花が咲き乱れていることだろう。
プロフィール

ちゃれんじぃ

Author:ちゃれんじぃ
毎日が色んなことへの挑戦だ!白杖への誤解や理解、日々のささいな出来事や感じていることを視覚障害者の視点からつぶやいています。アラヒフ世代・津軽三味線初心者・ジョギング・野球観賞・70年代フォーク&ロック・古きよき昭和をこよなく愛する全盲の伯父さんです。。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。